アンティーク様式による最終世代の腕時計 《ブローバ バンカー・タイプ A》 1960年代を予見する大型円形ムーヴメント ドーム型風防交換済み スイス製 1959年


 ブローバ社が 1959年に製作した腕時計、《バンカー タイプA》。バンカー(英 a banker)は銀行家という意味で、大型ケースの立体的な造形が、威厳ある銀行の建物や、マンハッタンの摩天楼を想起させます。

 本品《バンカー タイプA》は 1959年に新しく開発され、同年から使用が始まった大型の円形ムーヴメント、「ブローバ キャリバー 11AF」を搭載し、角型ウォッチの三時側と九時側が弧状に張り出しています。腕時計の形が現代化するのは 1960年代初頭ですが、本品の特徴的な形状は 1960年代を予告しつつもその直前の姿を留めており、ヴィンテージ(アンティーク)らしいデザインによる最後の腕時計といえます。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)をケース(英 case)といいます。時計の文字盤を保護する透明部品、いわゆるガラスを、日本語で風防、英語でクリスタルといいます。バンドを取り付けるために、十二時側と六時側に二本ずつある突起をラグ(英 lugs)といいます。

 本品ケースからラグにかけてのデザインが彫刻のように立体的です。風防はドーム型で、アール・デコ様式の文字盤には六時の位置に小秒針を有します。ケースの彫刻的デザインとドーム型風防は、1950年代アメリカの時計ならではの特徴です。





 ケースは 10カラット・イエロー・ゴールド(十金、純度 10/24の金)のロールド・ゴールド・プレートです。十金は丈夫である上に、色も上品なシャンパン・ゴールドです。

 ロールド・ゴールド・プレートとは簡単に言えば金張りのことで、金の薄板を高温高圧でベース・メタル表面に鑞付け(ろうづけ 溶接)した素材を指します。現代の金めっき(エレクトロプレート)は概ね金の層が薄く、経年によって色が薄くなりますが、昔のロールド・ゴールド・プレートは現代のエレクトロプレートに比べると十数倍から数十倍もの厚みがあり、優れた耐久性を有します。本品のロールド・ゴールド・プレートも剥がれた箇所、色が薄くなった箇所は無く、六十年前と変わらない美しい輝きを保っています。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、インデックス(英 index)といいます。本品の文字盤は半艶消しのライト・シルバー(明るい銀色)で、緩やかなドーム型になっています。中央よりも上部右寄りに、軽度の変色が見られますが、六十年以上前の品物であることを考えれば、充分に良好な保存状態といえます。文字盤の上半分にブローバ(BULOVA)のロゴ、最下部にスイス製(SWISS)の表示があります。

 インデックスの様式には年代ごとの流行があります。「十二時、二時、四時、八時、十時」、もしくは「十二時、三時、九時」をアラビア数字で、他の時刻を小さな円や多角形で表すのは、1950年代に作られたインデックスの特徴で、本品の文字盤もこの様式によります。

 現在の時計は中三針(なかさんしん)式といって、時針分針と同じ位置に長い秒針を取り付けますが、1950年代の男性用腕時計は六時の小文字盤にスモール・セカンド・ハンドと呼ばれる小秒針を取り付けるのが普通でした。本品も小秒針式で、六時の位置にシンプルな小文字盤を有します。小文字盤には同心円状の溝が切ってあり、時計が傾くとあたかも車輪が回転するかのように光の軸が回転して、落ち着いた意匠に動きを添えています。長針と短針は1950年代の時計に多く見られるモダン型で、腐食も無く良い状態です。





 本品は電池ではなくぜんまいで動く機械式です。機械式時計には手巻きと自動巻きの二種類がありますが、本品はより薄くドレッシーな手巻き式です。

 腕時計の三時の位置から突出するツマミを龍頭(りゅうず)といいます。本品の竜頭にはブローバの刻印があります。機械式時計のぜんまいは、龍頭を回転することにより巻き上げます。ぜんまいを巻くのはとても簡単で誰にでもできますから、初めての方でもまったく心配いりません。また時計を使わない日にぜんまいを巻く必要はありません。

 竜頭は現代のクォーツ式(電池式)時計にも付いていますが、電池を入れ替えたとき以外、滅多に触ることがありません。クォーツ式時計の竜頭は操作し易く作る必要がないのでサイズが小さく、竜頭から機械内部に延びる心棒(竜真)もごく細いものとなっています。これに対して機械式時計の竜頭は操作しやすいように大きく作られており、竜真も太くて耐久性があります。





 上の写真は本品の裏蓋側です。裏蓋はこじ開け式で、ステンレス・スティールでできています。裏蓋の十二時側に「ブローバ 1959年」「10カラット・ロールド・ゴールド・プレート製ベゼル」「ステンレス・スティール製裏蓋」の刻印があります。"L9" は 1959年を表すブローバのデイト・コード(製造年記号)です。六時側にはケースのシリアル番号が刻まれています。

 時計ケースにはムーヴメント(時計内部の機械)を守るという大切な役割があります。ケース裏蓋は肌と直接的に接ゆえに腐食や摩耗が起こり易く、ここに孔が開くとムーヴメントに水分が侵入します。しかるに本品のケース裏蓋は丈夫なステンレス・スティール製で、腐食や摩耗に強いうえにアレルギー反応も惹き起こしにくくなっています。

 時計ケースで最も摩滅しやすい部分は、肌と擦れ合うラグの先端です。しかしながら本品のラグ先端部は金がまったく剥がれておらず、新品のように良い状態です。当時のロールド・ゴールド・プレートが如何に高品質であったかが、このことからも分かります。





 バンドを取り付けるための突起をラグ(英 lugs)といいます。ラグは十二時側と六時側にそれぞれ二本ずつ突出しています。十二時側のラグ間の距離、および六時側のラグ間の距離はいずれも十八ミリメートルで、これが本品に適合するバンド幅ということになります。1950年代の男性用腕時計に最も多いバンド幅は十六ミリメートルです。本品はこの時代の時計としては大きく、バンド幅も広めです。





 上の写真は時計を開けて、ムーヴメントを裏蓋から外したところです。裏蓋の内側には「ブローバ ニューヨーク五番街」の刻印があります。当時のブローバはエボーシュ(仏 une ébauche)と呼ばれる半完成品ムーヴメントをスイスから輸入し、機械式時計の心臓部分である調速脱進機をアメリカ国内で取り付けてムーヴメントを完成させ、アメリカ製のケースに入れて時計を作っていました。ムーヴメントはスイス製の部分が多いので、時計の文字盤にはスイス製(SWISS)と表示されていますが、ブローバ本社はニューヨーク五番街にありました。


 本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。電池で動くクォーツ式腕時計が完全に普及したのは、1980年代のことです。本品が製作された 1950年代の腕時計は、ぜんまいで動いていました。

 本品のようにぜんまいで動く時計を機械式時計といいます。機械式時計は手巻き時計と自動巻き時計に分かれます。前者は手動でぜんまいを巻き上げる方式で、機械式時計の基本形です。宇宙飛行士の時計は、現代でも手巻き式です。手巻き式ムーヴメントと自動巻きムーヴメントを比べると、手巻き式ムーヴメントは自動巻き機構が付加されない分だけ薄く作ることが可能です。





 本品のムーヴメントは 1959年からブローバの時計に搭載され始めた新型ムーヴメント、キャリバー 11AFです。ブローバ キャリバー 11AFは 11 1/2サイズ、毎時一万八千振動(f = 18000 A/h)の十七石手巻きムーヴメントです。上の写真で上方に写っている大きな輪は、振り子の役割をする天符(てんぷ)です。手前左には銀色の大きな車が見えています。これが角穴車で、角穴車の下にある香箱という円筒形の箱に主ぜんまいが入っています。

 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度9と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメントには十七個のルビーが使用されています。機械式ムーヴメントにおいて、摩耗してはならない箇所のすべてにルビーを使用すると、十七個のルビーを使った十七石(じゅうななせき)のハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 high jewel movement)となります。十七石の本品は、ハイ・ジュエル・ムーヴメントを搭載した高品位の時計です。





 本品のムーヴメントは円形で、大きなサイズです。そのため時計のケースは、横方向に弧状に張り出した特異な形状です。

 先ほど文字盤について、本品のデザインが如何にも 1950年代らしいことに触れました。文字盤にははっきりとした年代ごとの特徴があって、1940年代あるいはそれ以前の文字盤はアラビア数字インデックス、1950年代はアラビア数字と小さな幾何学図形を組み合わせたインデックス、1960年代はバー・インデックスが流行します。各年代とも例外はほとんど無く、あたかもすべての時計が示し合わせて、文字盤のデザインを一斉に変更しているようにさえ思えます。

 これと同様にケースの形状についても、特に男性用時計に関して、年代ごとの特徴ははっきりしています。そもそも針が回転して時刻を指し示すという原理上、時計の形は円形が基本です。懐中時計のムーヴメントはすべて円形で、例外は一つもありません。しかるに 1910年代に女性用腕時計、続いて 1920年代に男性用腕時計が登場すると、人々は新奇な四角い時計を欲しがりました。まもなく女性用に四角いムーヴメントが開発されましたが、正確さと動作の安定性が必須であった男性用腕時計は、時計の外見が四角くなっても、円形ムーヴメントが使われ続けました。

 1940年ころの男性用時計は、円形ムーヴメントを使いつつも時計を四角く見せるために、左右の張り出しを目立ちにくく後退させるステップト・ケースを採用しています。やがて 1940年代から 1050年代にかけて、男性用に四角いムーヴメントが開発され、ステップト・ケースは姿を消しました、こうして男性が四角い時計を求める時代は、 1920年代から 1950年代まで、およそ四十年も続きました。1950年代のブローバの広告を見ると、男性用時計の九割以上が四角い時計です。円い時計はほとんどありません。


 しかるに 1960年代になると流行は一挙に逆転します。四角い時計は飽きられて時代遅れとなり、急に円い時計が求められるようになったのです。1960年以降のブローバの広告を見ると、九割以上が円い時計で、四角い時計はほとんどありません。


 本品は 1959年の品物であるにもかかわらず、これよりもおよそ二十年前に流行したステップト・ケースを採用しており、一見したところアナクロニズム(時代錯誤)とも思えます。しかしながらこれは四角いケースに合うムーヴメントが無かったからではなくて、男性用時計がレクタンギュラー型(角型)から円型に移行しようとする瞬間の姿なのです。円形の男性用時計が突如として流行し始めるのは、本品製造年の翌年にあたる 1960年ですが、ブローバの時計デザイナーは風向きの変化を敏感に感じ取り、弧状の張り出しをあえて目立たせた本品を誕生させたのでしょう。レクタンギュラー型でありながら円形のデザイン要素が目立つ本品は、円型時計流行の道筋を整えたモデルと見做すことができます。





 時計のサイズに関しても、年代ごとの流行がはっきりしています。二十世紀前半から 1950年代にかけての時計は男女ともにたいへん小さく作られていました。機械は小さく作るほうが難しいですから、小さな時計は時計会社の技術力と高級さの証と考えられました。第二次世界大戦中の軍用時計 "A-11" に使われたエルジン グレード 539の直径は 23ミリメートルあまりで、一円硬貨(直径20ミリメートル)とあまり変わりません。これをケースに入れると五百円硬貨ほどの大きさになりますが、現代人には女性用サイズとしか思えないでしょう。男性用時計のサイズが大きくなり始めるのは、1960年代以降のことです。

 ブローバ社が 1955年から 1958年に製作したキャリバー 11ACは、同社初の 11 1/2サイズ・ムーヴメントでした。これに次いで開発されたのが本品 11AFです。11/1/2サイズとは地板の直径が 25.94ミリメートルという意味であり、このサイズの機会をケースに入れるとさらに一回り大きなサイズの時計が出来上がります。実際のところ男性が本品を身に着けても、ヴィンテージ時計特有の小ささは感じません。当時としては破格の大型サイズであるキャリバー 11AC 及び 11AFは、まさに 1960年代を予告するムーヴメントといえます。








 上の写真は本品のムーヴメントで、手前に天符が写っています。天符はウォッチ(携帯用時計、すなわち懐中時計及び腕時計)において振子の役割をする部品で、時計のムーヴメントを人間の体に譬えれば、天符は脳や心臓に相当します。機械式時計は天符が規則的に振動することで時間を測っています。それゆえ天符の振動の規則性は、機械式時計にとって最も重要な性能です。上の写真は添付を振動させて撮影しましたが、天輪(天符の環状部分)はあたかも静止しているかのように安定した軌跡を描いています。これは天真(てんしん)に曲がりがないことを示します。

 キャリバー 11AFの天符はチラネジ天符といって、ホイール・アラインメントの役割を担う多数のチラネジが使用されています。下の写真に写っている微小なネジがチラネジです、手前に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。





 天真とは天符の中心軸のことです。天真の両端をホゾといいます。腕時計の天真は、ホゾの直径が 0.08ミリメートルほどしかなく、非常にデリケートです。天真は鋼鉄でできています。鋼鉄は硬く、引っ掻きや摩耗に対しては強い素材ですが、衝撃に対しては脆弱(ぜいじゃく)で、時計を誤って落下させる等の衝撃を与えると簡単に折れてしまいます。天真のホゾが折れると天符の動きが止まり、時計が停止します。それゆえ天真のホゾ折れは、人間に譬えれば脳死や心停止のように重大な故障です。

 この故障を起きにくくするために、本品のムーヴメントは耐衝撃装置を備えています。上下の写真で天符の中心に見えるルビー(受け石)は、四葉のような形の金色の板バネで押さえて保持されています。この板バネはキ=フレクター(Kif-Flector)という耐震装置(耐衝撃装置)で、ムーヴメントに強い慣性が働いたとき、天符の穴石と受け石にわずかな動きを許すことにより、天真のホゾに加わる衝撃を低減します。耐震装置はごく小さな板バネにすぎませんが、たいへん優れた発明であり、天真のホゾ折れ事故はこれによって大幅に減少しました。

 なお耐衝撃装置が付いていても、衝撃が加わる方向によっては、耐震機能がほとんど働きません。したがって耐震装置の有無にかかわらず、機械式時計は乱暴に扱うべきではありません。そういう意味では耐震装置が付いたからといって使い勝手が良くなるわけでもないのですが、万一の事故を考えると、耐震装置は付いているほうが一層安心できます。





 本品のムーヴメントは天符の振り角も大きく、良好な状態です。オシドリの嵌まる竜真の窪み、キチ車と鼓車の噛み合わせ部分、裏押さえの腕部分等、消耗しやすい部分にも異常はありません。





 アンティーク時計(ヴィンテージ時計)はどこの店でもほぼ現状売りで、修理にはなかなか対応してもらえませんが、当店ではアンティーク時計の修理に対応しています。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。当店にはムーヴメントの部品も豊富に在庫していますが、一般の方に分かりやすいように、専用風防の在庫品を写真に撮りました。上の写真に写っている風防は約六十年前の未使用品で、エレクトロ=シリンダーという高品質なブランドのものです。これらの風防は本品《ブローバ バンカー・タイプA》の専用品ですので、縦横のサイズはもちろん、ベゼルと風防が接する部分の曲率も完全に一致しています。

 当店にはこの風防が三点在庫していましたが、本品を仕入れた際、風防に瑕(きず)が多かったので、新品に交換しました。それゆえ本品には新品の専用風防が嵌っています。







 本品は男性用として作られ,、ヴィンテージ時計(アンティーク時計)としては大きめですが、一部の現行品のように極端に大きくはないので、大きめの時計がお好きな女性にも十分にお使いいただけます。上に示した二枚の写真は、女性による着用例です。





 同じ機械式であっても、自動巻きは回転錘(かいてんすい ローター)がある分だけどうしても分厚くなりますが、本品は手巻きですので薄く軽量です。またドーム型風防は12時 - 6時を軸にして左右が低くなっていますので、スーツのときに着用しても、シャツやブラウスの袖が時計に引っかかりません。

 バンドはお好きな色、質感、長さの革バンド、もしくは金属製バンドに換えることができます。本品に対応するバンド幅は 18ミリメートルで、手に入りやすいサイズですので、後あとのバンド交換も容易です。黒や茶、赤やピンクの革バンドに付け替えて楽しむこともできますし、当時の金属バンドを取り付けることもできます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。


   










 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





128,000円 税込み

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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