第二次大戦期のナース・ウォッチ スイス、アヴィア社製 「ブールヴァール」 17石 赤色ポインタの秒針付き


ムーヴメントの種類: A Schild cal. 1180 (AS 1180)



センター・ラグ式の 10カラット・イエロー・ゴールド・フィルド(金張り)ケース

ラグにアールデコ様式の装飾

「ブールヴァール」のロゴ入り白色文字盤に金色の立体インデックス

赤色ポインタ付の秒針

プレクシグラス(アクリル樹脂)製のハイ・ドーム型風防


1940年代



 1940年代のスイス製ナース・ウォッチ。電池ではなくぜんまいで動く機械式時計で、耳に近づけると「チクタク」と可愛らしい音がします。





  1930年代から70年代までの女性用ヴィンテージ時計、アンティーク時計は、大抵の場合、一円硬貨よりも小さなサイズです。本品の直径は一円硬貨とほぼ同じ 21ミリメートルで、当時の女性用時計としては大きめですが、現代の時計に比べるとかなり小さく感じます。このように小さなサイズであるゆえに、女性用アンティーク時計は「センター・ラグ方式」、つまり12時側と 6時側に一本ずつのラグ(バンドを散り付けるための突起)があるのが普通で、本品もその例に漏れません。

 本品のラグは幾何学図形を多用する「アール・デコ様式」で、フルーティング(並行する縦溝)のある長方形二寄り添うように、小さな半球を造形しています。アール・デコ様式はすっきりとした飽きの来ないデザインが多いですが、本品も例外ではありません。時計本体の円形と二個の小球に表れた女性らしい可愛さを基調にしつつ、文字盤の縦軸を貫くように見えるフルーティングで甘さを引き締めています。





 本品の大きな特徴は、時計の中心に秒針を取り付けた「センター・セカンド式」であることです。

 現代人は「センター・セカンド式」の時計を見慣れていて、時計の真ん中に秒針が付いているのは当たり前と思っていますが、時計の真ん中に秒針を付けるのは、実はたいへん難しいことです。それゆえ 1950年代までのアンティーク時計は「センター・セカンド式」ではなく、6時の位置に小さな秒針を取り付けた「スモール・セカンド式」であるのが普通です。また女性用時計は文字盤が小さいので、6時の位置にスモール・セカンド針を取り付けても、小さすぎてよく見えません。それゆえ女性用アンティーク時計のほとんどには秒針がありません。

 現代の時計は「センター・セカンド式」で、秒針が大きく見易いので、腕時計を使って秒単位の時間を計ったり、一分間を正確に計ったりできます。これに対してアンティーク時計の時代は、女性用時計には秒針が無く、男性用時計もスモール・セカンド式で秒針を見にくいので、秒単位の時間を計ったり、一分間を正確に計ったりする場合、ストップウォッチを使いました。医師や看護師、技師、軍人など、秒単位の計測が必要な人たちは、みなストップウオッチを持っていました。





 しかしながら、古い時代にもごく稀に、ストップウォッチを兼用する「センター・セカンド式」の腕時計があり、上記のような職業の人たちに使われていました。いまは腕時計に秒針があるのが当たり前で、現代人は意識して秒針を見ることがほとんどありません。しかしながら古い時代の「センター・セカンド式」腕時計の秒針は、仕事で秒針を使う人のために取り付けられていたので、秒針自体を赤く塗ったり、秒針の先に赤いポインタを付けて、視認性を高めていました。

 本品もそのような時計のひとつで、1940年代頃の時計、特に女性用時計にはたいへん珍しい「センター・セカンド式」を採用し、秒針には赤いポインタを付けるとともに、文字盤の周囲に 1/5秒毎の目盛を描いています。本品はストップウォッチではないので、実際に 1/5秒単位の計時に使用するわけではありませんが、ほとんどの女性用時計には秒針自体が無かった当時としては、たいへん先進的な時計として作られていることが、デザイン上からもよくわかります。

 「センター・セカンド式」の女性用時計は当時看護師によく使われたため、このようなアンティーク時計は「ナース・ウォッチ」と呼ばれています。本品の元の持ち主が実際に看護師であったかどうかはわかりませんが、いずれにせよ、赤いポインタ付秒針と艶消しの白色文字盤は、高い視認性の確保に役立っています。





 インデックスは金色の立体的なアラビア数字です。ブランド名「ブールヴァール」(Boulevard) が、12時の下あたりに美しい筆記体で書かれています。「ブールヴァール」はフランス語で「並木のある大通り」のことです。





 本品の風防はベゼルからドーム状に突出しています。本品はセンター・セカンド式であるゆえに、針が秒針・分針・時針と三段となっており、針が風防に当たらずに動くためには、通常のアンティーク時計に比べて高さのあるドーム状風防でなければならないのです。本品がドーム状の風防を採用しているのには、このように実用的な理由があるのですが、風防に通常以上の高さがあり、またムーヴメント(時計内部の機械)も秒針の歯車のせいで通常より分厚くなっているために、コロコロとしたキャンディーのように可愛らしい時計に仕上がっています。全体的に丸みを帯びたデザインは、秒針を付けて実用性を重視したなかにも、女性用時計らしい優しさと愛らしさを感じさせます。




 本品のケース(金色の部分)は、金の薄板を、高温高圧によって、ベース・メタルの表面に鑞(ろう)付け(溶接)した「金張り」(ゴールド・フィル)です。アンティーク品の金張りは、現代の金めっき(ゴールド・エレクトロプレート)よりも格段に厚く、アンティーク時計の新品時において、20ミクロン以上、ときには80ミクロンもの厚さがあります。これに対して、現代のクォーツ時計では、まともな品質のものであっても、金めっきの厚さは 3~5ミクロン程度です。

 アンティーク時計のケース裏蓋を開けると、蓋の裏側には修理や整備の履歴が書かれているのが普通ですが、本品にはそのような記入が一箇所しかありません。これは必要な整備を受けていなかったからではなく、本品があまり使われないまま、新品に近い状態で保管されていたためです。時計裏側の突出部分、すなわちラグやケース裏蓋の縁は金が摩耗しやすい箇所ですが、本品は突出部分もまったく綺麗な状態で、摩耗は見られません。したがって本品の金の層は、現状においても新品時に近い状態であり、現代の時計の数倍にあたる数十ミクロンの厚みがあることがわかります。

 時計表面の金は、毎日使えば、一年に1ミクロンほどの割合で摩耗するといわれています。本品はほぼ摩耗の無い状態ですので、本品の金張りは20年以上先まで剥がれない計算になりますが、毎日使うわけでなければ、実際はもっと長持ちするでしょう。





 良質のアンティーク時計のムーヴメントには、多数のルビーが使われています。本品と同時代、同サイズの時計には、7個のルビーを使った「7石」の時計が多いのですが、本品は 17個のルビーを使用した「17石」(じゅうななせき)の時計です。17石の時計ムーヴメントは「ハイ・ジュエル (high jewel) 機」と呼ばれる高級機で、高い強度が必要なすべての箇所にルビーが入り、時計ムーヴメントの寿命を飛躍的に伸ばしています。

 本品のムーヴメントは、スイス、ア・シールド社 (A. Schild SA) の「キャリバー 1180」(AS 1180) を元に、アヴィア社が製作した 8 3/4リーニュ(地板の直径 19.74ミリメートル)、毎時 18,000振動の手巻ムーヴメントです。毎時 18,000振動という振動数は、十分な計時性能を確保するとともに、ムーヴメントの耐用年数を高めています。本品に搭載されたア・シールド「キャリバー 1180」は、バランスの取れた良質のムーヴメントです。

 アヴィア社 (Avia, Degoumois & Cie, SA) は、1910年に、スイス、ヌーシャテル州のラ・ショー=ド=フォン (La Chaux de Fonds, Neuchatel) で創業した時計会社です。 いまからおよそ百年前の 1910年代は、腕時計が誕生した時代です。19世紀まで、携帯用時計とは懐中時計のことでしたが、20世紀初頭頃に女性たちが、1910年代後半頃に男性が、腕時計を使い始めました。この時期に創業したアヴィア社は腕時計の普及と発展に先進的な役割を果たした時計会社のひとつです。本品のようなセンター・セカンド式の女性用時計を1940年代に製作したことにも、アヴィア社の先進性が表れています。





 本品のムーヴメントには「ミード」という社名も刻印されています。ミード社 (M.A. Mead & Co.) はイリノイ州シカゴにあった時計輸入代理店で、アメリカ合衆国にアヴィア社の時計を輸入していました。天符受けにある "MOG" の刻印は、ミード社の時計輸入コード (US import code) です。ミード社は 1922年に「ブールヴァール」(Boulevard) というブランド名を商標登録し、アヴィア社製の時計をこのブランド名で販売していました。


 アンティーク時計を購入する際には、デザイン以外にも、ムーヴメントの状態がとても大切です。本品は高品質のハイ・ジュエル・ムーヴメントであるうえに、保存状態も良好です。腕時計のムーヴメントで最も大切なのは「天符」(てんぷ)という部品ですが、本品の天符は大きな振り角で(つまり、たいへん元気に)動作しています。

 天符はクロック(置時計、掛時計)の振子(ふりこ)に相当する部品で、振子と同様に「等時性」という性質を有します。「等時性」とは、天符(または振子)の動きが元気な場合も弱々しい場合も、文字盤側から見れば同じように正確に針が動くという性質です。それならば弱々しい動きでもよいのかというと、時計ムーヴメントのコンディションとしては、当然のことながら、元気に動くほうが寿命も長く、良い状態であるといえます。本品はもともとアンティーク時計専門店の店主である私が、自信を持ってお勧めできる良好なコンディションです。





 現代のクォーツ式時計は「ステップ運針」といって、秒針が一秒ごとに動きます。これに対してアンティーク時計(機械式時計)は、秒針が滑らかに動く「スウィープ運針」です。時計を耳に当てた場合、クォーツ式時計はステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ、チッ」と聞こえますが、アンティーク時計を耳に当てると、「チクタクチクタク」という音が聞こえます。「チクタクチクタク」という音はルビーでできたアンクルの爪とガンギ車がぶつかる衝撃音で、アンティーク時計(機械式時計)に特有の音です。



 日米間で戦われた太平洋戦争は両国にとって不幸な出来事でしたが、女性の社会進出のきっかけにもなりました。ピューリタン以来の伝統が根強いアメリカ合衆国は、宗教心がきわめて篤く、わが国に比べて格段に保守的な国民性です。それゆえ 1930年代までは、「男は外で働き、女は家庭を守る」という考え方が当たり前でした。しかし日米が開戦すると、男性たちの多くが兵士になる一方、女性たちも社会に出て、これまで男性がしていた仕事を引き継ぎました。初めて家庭から出て、まとまった給与を貰うようになったアメリカの女性たちは、それまで高嶺の花であった時計を求めました。ところがアメリカの時計会社はすべての設備と技術者を軍用時計の生産に向けていたので、民間人用の時計の需要に応えることができませんでした。このような背景があって、民間人、及びアメリカ製時計が行き渡らなかった軍人の需要に応えるために、スイスから時計が輸入されました。

 本品もそのような時計のひとつです。この女性用時計が実際に軍を支援する後方任務、あるいは従軍看護師に使われたのかどうかはわかりませんが、.文字盤周囲の細かい目盛、赤いポインタの付いた秒針は、軍用時計と共通するデザインであり、1940年代という時代を強く感じさせます。しかしながらその一方で、女性用らしい優しさ、愛らしさを形にしたデザインに、軍用時計のような武骨さは無く、現代の女性に日々ご愛用いただける美しいアンティーク時計となっています。





 本品は「ブールヴァール」の箱に入っています。箱は時計と同じく、当時流行のアール・デコ様式です。スプリング式のふたを開けると、時計をはめたリング状のホルダーが持ち上がるようにうまく作られています。箱の内側にはバーガンディ(ワインのような赤)のベルベットが張られています。箱の保存状態は内側、外側ともに良好で、特筆すべき問題はありません。当時の箱がこのように残っているのはたいへん珍しいことです。

 本品には現状で黒いコード・バンド(紐バンド)を取り付けています。コード・バンドは上品であるうえに、時計の可愛らしいデザインが引き立ち、当時の標準的スタイルでもありますが、お好みにより、他の色のコード・バンドや金属製バンドに替えることができます。


 本品は高い耐久性を誇る「ハイ・ジュエル」ウォッチですが、アンティーク時計には修理の問題が付きまといます。本品を例にすれば、エボーシュ(ムーヴメントの根幹部分)を作ったア・シールド社も、ムーヴメントを完成させたアヴィア社も、輸入販売代理店のミード社も、もはや存在せず、修理に必要な部品を調達できません。それゆえアンティーク時計は、お買い上げ後の修理に対応しない「現状売り」が普通です。保証期間を設定する店も少数ながらありますが、保証期間経過後の修理には対応してくれないことがほとんどです。しかしながら当店には時計部品が豊富に在庫しており、期限を切らずに修理に対応いたします。ご安心ください。





 1940年代当時、本品のような「ハイ・ジュエル」ウォッチの価格は、初任給のおよそ3か月分、現代の貨幣価値に換算すれば 50~60万円ほどもしました。したがって昔の良質の時計は、どのモデルを取っても現代の時計のように大量に作られていないのですが、長年にわたって数万本の女性用時計を見てきた私の目から見れば、全く同一ではないにしても、「よくありそうなデザイン」「似たようなデザイン」のものが多くあるのも事実です。しかしながら 1940年代製のセンター・セカンド式女性用時計である本品は、アンティーク時計のなかでも稀少なモデルです。アンティーク時計の美しさと大人の可愛さを兼ね備えた本品は、お買い上げいただく方に必ずご満足いただけます。





本体価格 126,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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