極稀少品 アンリ・ドロプシ作 遍歴修業終了記念のメダイユ 指物師聖ヨセフと聖家族 プエンテ・ラ・レイナ オリジナルの箱付


メダイユのサイズ 74.5 x 51.7 mm  厚さ 最大 5.6 mm  重量 138.9 g

1929年  フランス



指物師(家具職人)であったと伝えられる聖ヨセフを中心に、聖家族の姿を刻んだメダイユ。

1929年に遍歴修業を終えて、親方の資格を得たひとりの職人が、

親方の団体であるパリ内装業使用者組合 (Chambre Syndicale de l'Ameublement de Paris) に加入するにあたって贈られた記念品です。


聖ヨセフは分厚い板を作業台に載せて、鉋(かんな)掛けしています。奥の壁には多数の道具が吊るされ、家具の部品か内装用部材が立てかけてあります。

数ある道具の中でも、鉋は労働の象徴です。

このメダイユでは聖人に大きな鉋を使わせることによって、模範とすべき聖人の勤勉さ、および指物師と内装業者の守護聖人である聖ヨセフの権能を強調し、

さらには聖霊によって身ごもった婚約者マリアを受け容れた夫としての深い信仰と大きな包容力をも、象徴的に表しています。





指物師の仕事をする夫の傍らで、マリアは糸を紡ぎ、幼子イエズスは籠(かご)を編んでいます。


ヤコブ原福音書に少女マリアが主の神殿のために紫と深紅の垂れ幕を織ったとの記述がありますが、マリアが糸を紡いだとの記述は正典にも外典にも見られません。

しかしながら近世以前において糸紡ぎは女性の代表的な仕事であり、聖女たちの図像には糸を紡いでいる姿が頻繁に見られます。


(下・参考画像) 聖ジュヌヴィエーヴ。足下に糸巻き棒が見えます。




(下・参考画像) ピブラックの聖ジェルメーヌ・クザン。糸巻き棒を持っています。




このメダイユは内装業者組合のために製作されたものですから、聖家族の中でも聖ヨセフが中心的なモティーフになっていますが、

フランス人に最も愛される聖女、聖母マリアもヨセフと同様に、見る者の視線を惹きつけます。


聖ヨセフがメダイユの中央に身を乗り出しているのに対して、聖母は画面右端近くに控え目に立っていますが、

それにもかかわらず鑑賞者の視線がマリアに惹きつけられるのは、遠近法の消失点が画面の右寄り、マリアの顔のあたりにあるからです。





メダイユを裏返すと、半円アーチの窓から川辺の風景が見え、花綱状のシェーヌ(chene ブナ)に、パリ内装業者組合の紋章があしらわれています。

シェーヌはローマ人、ゲルマン人、ケルト人のいずれにとっても聖なる樹であり、永遠性、及び力と勇気を象徴します。


裏面中ほどに、次の言葉が記されています。

Chambre Syndicale de l'Ameublement de Paris, fondee en 1860  1860年創立 パリ内装業者組合


その下にはメダイユを贈られた職人の名前と年号が刻まれています。

Maurice Simonel, 1929  モーリス・シモネル 1929年


日付は明記されていませんが、おそらく聖ヨハネの日(6月24日)でしょう。徒弟の受け入れや親方への昇格は、伝統的に聖ヨハネの日に行われていました。





裏面最下部、窓から見える遠景には、スペイン北東部ナバラ州の町プエンテ・ラ・レイナ=ガレス (Puente la Reina-Gares) で、エブロ川の支流であるアルガ川に架かる橋、

「プエンテ・ラ・レイナ」(Puente la Reina) が浮き彫りにされています。


 プエンテ・ラ・レイナ


ナバラから遠く離れたパリの内装業者組合のメダイユに、プエンテ・ラ・レイナが刻まれているのには、歴史的な理由があります。


中世以来、ヨーロッパでは若い職人が遍歴修業を経て親方になるという伝統があります。

ドイツに関しては、わが国でもゲーテの小説「ヴィルヘルム・マイステルの遍歴時代」("Wilhelm Meisters Wanderjahre, oder Die Entsagenden", 1821/29) でよく知られていますが、

フランスにも同様の制度があり、職人たちは「トゥール・ド・フランス」(Tour de France) と呼ばれる修業時代を経験します。


16世紀以降、フランスの遍歴職人は三つの互助団体のいずれかに属するようになりましたが、

そのうちのひとつは、「レ・ザンファン・ド・メートル・ジャック」(les enfants de Maitre Jacques ジャック親方の子供たち)と名付けられています。(註2)


「メートル・ジャック」(Maitre Jacques ジャック親方)というのは、紀元前10世紀にティルスの王ヒラムに請われてエルサレムに出向き、ソロモン神殿建設に携わったと伝えられる伝説の石工です。(註3)

「レ・ザンファン・ド・メートル・ジャック」に伝わる伝承によると、メートル・ジャックはピレネーのカルト (Carte) という場所の出身です。


(下) ヘロデ神殿の外壁、「嘆きの壁」を描いたジェロームの作品。ヘロデ神殿はソロモンの第一神殿を拡張したものです。Jean Leon Gerome, "The Wall of Solomon" グピル (Goupil & Cie) による1883年の大判フォトグラヴュア。画面サイズ 24 x 17.5 cm 当店の商品。 28,000円




メートル・ジャックの出身地とされるピレネーは、したがって、「遍歴職人の聖地」とも呼ぶべき場所であり、

サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼者がピレネー、ナバラを目指したのとちょうど同じように、

中世及び近世フランスの職人たちはこぞってピレネー、ナバラを目指し、親方から親方、現場から現場へとこの地方一帯を遍歴して修業を積んだのでした。(註4)


このような歴史ゆえに、ピレネー、ナバラはフランスの遍歴職人の精神的故郷、聖地であり続けています。

ピレネー、ナバラを象徴するプエンテ・ラ・レイナがメダイユに刻まれているのも、中世から続く遍歴職人の伝統を反映しているのであり、

実際にこの地方で遍歴修業を行ったか否かは別としても、修業時代を終えて親方となる職人に贈るメダイユには、このうえなく相応しいデザインといえます。





メダイユは銀めっきを施したブロンズ製で、縁にはパリの "P"、メダイユ工房の名前 (V. CANAL)、銅またはブロンズのホールマークである三角形が刻印されています。




このメダイユは、パリ内装業者組合 (Chambre Syndicale de l'Ameubrement de Paris) の紋章を金箔押ししたオリジナルの箱に入っています。








メダイユ表(おもて)面に表された聖家族の日常、裏面に表されたナバラの風景とも、臨場感あふれる写実性をもって、たいへん丁寧に製作されています。

この作品に限らず、メダイユ彫刻において、背景から最も盛り上がった部分の高さは概ね1ミリメートル未満、ときに0.5ミリメートル未満です。

そのようなわずかな厚みの差によって、あたかも眼前に繰り広げられているかのような臨場感で情景を再現する彫刻家の技量と才能は、真に驚嘆に値します。


両面の下端部に、メダイユ彫刻家アンリ・ドロプシ (Henri Dropsy, 1885 - 1969) の署名が刻まれています。

アンリ・ドロプシは、同じくメダイユ彫刻家であったジャン=バティスト・エミール・ドロプシ (Jean-Baptiste Emile Dropsy, 1848 - 1923) の息子です。

1908年のローマ賞メダイユ部門で二等を獲得し、1911年にパリ高等美術学校 (Ecole Nationale Superieure des Beaux-arts, ENSB-A) を卒業しました。

ル・サロン展において、1914年に銀メダル、1921年に金メダル、1929年に名誉賞を受章しています。

1930年以降、パリ高等美術学校のメダイユ彫刻科教授を長年に亙って務め、

1942年にはルイ=アレクサンドル・ボテ (Louis-Alexandre Bottee, 1852 - 1940) のあとを襲って芸術アカデミー (Academie des Beaux-Arts) 会員に選ばれました。

1948年から49年にかけてはカイロの美術学校でも教鞭を執っています。



メダイユは箱に入って保存されていたために、100年近く前のものとは信じがたいほどの良好なコンディションです。

銀メッキのはがれも無く、特筆すべき疵(きず)や摩耗もありません。鋳造当時のままの状態です。



メダイユの価格 78,000円 (税込)

電話 (078-391-7323) またはメールにてご注文くださいませ。




註1 宗教的動機に突き動かされて旅をするサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼者たちは、大多数がロンセスバジェス Roncesvalles(ロンスヴォー Roncevaux)からナバラの首都パンプロナ (Pamplona) を経るルートを通りました。これに対して職業訓練のためにナバラ(スペイン北東部)を目指すフランスの遍歴職人たちは、ソンポール峠 (Le col du Somport) を経由するルートでナバラに入りました。このふたつのルートが合流する交通の要衝が、プエンテ・ラ・レイナです。


 ちなみに巡礼路に関して言うと、12世紀半ばに成立したサンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼案内、「聖ヤコブの書」 LIBER SANCTI IACOBI (あるいはカリクストゥス本 CODEX CALLIXTINUS)には、フランスからサンティアゴ・デ・コンポステラに至る四つのルートが記されています。この四本の道のうち、北寄りの三本はピレネーの手前、オスタバ・アスム(Ostabat-Asme アキテーヌ地域圏ピレネー=アトランティック県)で合流したあと、プエンテ・ラ・レイナ=ガレスにおいて、アルルからのルートと合流して一本になります。

 プエンテ・ラ・レイナ=ガレスは中世以来交通の要衝であり、ここにあるサンティアゴ・エル・マジョル教会 (La iglesia de Santiago el Mayor) の前に据えられた巡礼者像の台座には、「聖ヤコブの書」にある次の言葉がスペイン語で引用されています。

Y desde aqui todos los caminos a Santiago se hacen uno solo.  サンティアゴに通じるすべての道は、ここからひとつになる。




(上) フランスからサンティアゴ・デ・コンポステラに至る四つの主要な巡礼路 (Les chemins de Saint Jacques) (レモン・ウルセルによる)


 この町の名前は、アルガ川に架かる石橋が「プエンテ・ラ・レイナ」(Puente la Reina 王妃橋)と呼ばれることに由来します。石橋プエンテ・ラ・レイナは「ナバラの、とある王妃」(una anonima reina de Navarra) が寄進したものとされますが、この「とある王妃」とは、伝承によると、ナバラ王サンチョ=ガルセス3世 (Sancho Garces III, o Sancho el Mayor, c. 990 - 1035) の妃ムマドナ・サンチェス (Mumadonna Sanchez, 995 - 1066)、あるいはガルシア・サンチェス3世 (Garcia Sanchez III, c. 1012 - 1054) の妃エステファニア (Estefania) を指すとされています。


註2 あとのふたつの互助団体は、「レ・ザンファン・ド・ソロモン」(les Enfants de Salomon ソロモンの子供たち)、及び「レ・ザンファン・ド・メートル・スビズ」(les Enfants de maitre Soubise スビズ親方の子供たち)です。


註3 伝承によると、メートル・ジャックは15歳で石工になり、36歳のときにソロモン神殿の建設現場に招聘されました。エルサレムの建設現場で石工及び指物師の仕事をした後、ジャックはもうひとりの親方スビズ (le Pere Soubise) と一緒にフランスに戻りますが、帰りの旅でジャックとスビズは仲違いします。ジャックはマルセイユで下船した後、サント・ボームに身を隠しますが、友人に裏切られて、スビズに殺されてしまいます。

 なお、サント・ボームはマグダラのマリアの墓所とされる場所です。またマルセイユは紀元前600年頃にフェニキアから来たギリシア人が建設した町であり、ソロモン神殿が建設された時代にはまだ存在していませんでした。


註4 サンティアゴに向かう巡礼者たちと同様に、遍歴職人たちもフランスじゅうからナバラを訪れていました。

 このことを端的に示す例として、1846年まで、プエンテ・ラ・レイナ橋上に、ルネサンス期に製作された聖母子像「ヌエストラ=セニョラ・デル・プイ」(Nuestra-Senora del Puy)、すなわちノートル=ダム・デュ・ピュイ (Notre-Dame du Puy) が建っていたこと、またル・ピュイ=アン=ヴレの司教座聖堂と修道院が、イスラムの建築様式を取り入れていることが挙げられます。

 オーヴェルニュのル・ピュイ=アン=ヴレは、サンティアゴに向かう巡礼路のうち、北から三番目のルートの起点です。遠く隔たったオーヴェルニュとナバラが、巡礼者と遍歴職人を通じて、深くつながっていたのです。


(下) ル・ピュイ司教座聖堂付属修道院の廻廊の列柱。碩学エミール・マールにより、コルドバのメスキータ(大モスク)との類似性が指摘されました。




 ちなみにプエンテ・ラ・レイナ橋上のヌエストラ=セニョラ・デル・プイは、1846年に当地の聖ペドロ教会 (Iglesia de San Pedro) に移されました。小鳥がアルガ川の水で翼を濡らし、ヌエストラ=セニョラ・デル・プイの顔を繰り返してぬぐうのが目撃されたという19世紀の奇蹟譚により、この聖母子像は「ビルヘン・デル・チョリ」(Virgen del Txori 小鳥の聖母)の別名で親しまれています。




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