金属部分に鉄、ビーズにジュズダマを使用したシャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ(聖母のロザリオ)。19世紀後半のフランスで制作された美しい品物です。
クルシフィクスは鉄製のラテン十字で、片面にコルプス(キリスト像)を打刻しています。各末端はフランス語で「トリロブ」(trilobe) と呼ぶ三つ葉型になっています。
フランス語でクール(cœur 「心臓」)と呼ばれるセンター・メダルは、クルシフィクスと同様に鉄製で、一方の面に聖心を示すキリストを、もう一方の面に無原罪の御宿りを打刻しています。上の写真では表面がざらついているように写っていますが、クルシフィクスもクールも、実物の表面は写真が想像させるよりも滑らかです。実物はともに黒光りしており、長い年月の経過によって、アンティーク品ならではの美を獲得しています。
本品のビーズは、ジュズダマの実を乾燥させたものです。ジュズダマはハトムギの野生種で、その実、正確には苞葉鞘(ほうようしょう)は、乾燥させると非常に硬くなります。この苞葉鞘は薏苡仁(ヨクイニン ハトムギの苞葉鞘)と同様に生薬として使うことができます。
ジュズダマの学名は、涙形の実(苞葉鞘)に因んで、「コイクス・ラクリマ=ヨビー」(Coix lacryma-jobi) といいます。「ラクリマ・ヨビー」(LACRYMA
JOBI) とはラテン語で「ヨブの涙」という意味です。フランス語においても、「ラルム・ド・ジョブ」(larme de Job ヨブの涙)と呼ばれます。
上述したように、ジュズダマの苞葉鞘は乾燥させると非常に硬くなるため、シャプレ(数珠)のビーズに使われることがあります。ジュズダマのフランス語名は「ラルム・ド・ジョブ」が一般的ですが、「エルブ・ア・シャプレ」(l'herbe
à chapelets 「数珠草」の意)という別名もあります。
しかしながら 19世紀フランスのシャプレ用ビーズは、木またはガラス製、まれにナクル(nacre 真珠母、マザー・オヴ・パール)でできているのが普通です。「エルブ・ア・シャプレ」(数珠草)という別名にかかわらず、ジュズダマが実際にシャプレに使われることはほとんどありません。私自身、ジュズダマ製ビーズのシャプレはこれまでに一度しか見たことがなく、本品は稀少品です。
本品の金属部分は鉄で作られており、表面に赤錆が見られますが、表面が酸化しているだけで、強度にはまったく問題ありません。ジュズダマもたいへん良好な状態です。写真では分かりにくいですが、実物のジュズダマには美しい艶があり、安っぽさはまったくありません。写真は実物よりもかなり赤みがかって写っています。実物は写真で見るよりもずっと重厚で、手放しがたく感じます。
ジュズダマの苞葉鞘は古くは薏苡珠(つしたま)と呼ばれ、琉球のユタがこれを連ねて首に懸けました。柳田国男の「海上の道」によると、元々ユタはしび貝(女性器貝の意)と呼ばれるタカラガイを首に懸けていましたが、中国がこの貝を貨幣として使用するために大量に買い占め、現地で手に入らなくなりました。それでしび貝を薏苡珠で代用するようになり、その習慣が固定したものに違いないと柳田は考えています(『宝貝のこと』『人とズズダマ』)。ユタの首飾りと聖アンナのシャプレは互いに無関係ですが、いずれも薏苡珠が聖なるものと関わる点で興味深く感じられます。
本品の全体的な保存状態に関して、現状で特筆すべき問題は何もありません。ジュズダマの苞葉鞘はシバンムシ科(Anobiidae)の甲虫にしばしば食害されます。シバンムシは小さくて可愛らしいですが、この虫に食害されると苞葉鞘の内部が空洞になり、強度が失われてシャプレを実用できなくなります。そのため本品は保管場所に注意する必要があります。