極稀少・未販売品 フィリップ・シャンボー作 《世界球のある不思議のメダイ 直径 28.8 mm》 カトリーヌ・ラブレが幻視したままの聖母 ミニマリスムによる作例 フランス 1960年代


突出部分を除く直径 28.8 mm  最大の厚さ 2.6 mm  重量 10.0 g



 大胆な浮き彫りでバック通りの聖母を表現したフランスのメダイ。すっきりと清楚なモダニズム・デザインで知られるフランスの彫刻家、フィリップ・シャンボー(Philippe Chambault, 1930 - )の作品です。

 聖母の手付近にあるペ・セ(PC)は、フィリップ・シャンボーの頭文字を組み合わせたサインです。向かって左下に見えるジ・ベ(JB)の組み合わせ文字は、ソミュールのメダイユ工房ジ・バルムのマークです。上部の環に製造国を示す文字(FRANCE)があります。





 メダイの中央には、聖母マリアの上半身が大きく浮き彫りにされています。上部に十字架を付けた球体が、マリアの手に載せられています。


 球は神に造られたすべてのものを表し、これに十字架が付いたグロブス・クルーキゲルは、全宇宙を支配する神とキリストの権能を表します。この球体を日本語で世界球と呼びます。世界球のラテン語名グロブス・クルーキゲル(羅 GLOBUS CRUCIGER)は、文字通り「十字架付きの球体」という意味です。

 天を仰いで世界球を差し出す聖母マリアの姿は、第一義的には、あらゆる被造物に対する神の支配権を認め、世界を神に捧げる聖母の信仰を表します。しかるにマリアは全てを神に委ねて「お言葉どおり、この身になりますように」と答えることにより、恩寵の器、神の恵みの取り次ぎ手となりました。それゆえ世界球を手に載せるマリアの図像は、神の慈愛と庇護が聖母を通してすべての人に及ぶことをも表します。

 世界球を手に載せるマリアの図像は、ラテン語でウィルゴー・ポテーンス(羅 VIRGO POTENS)、フランス語でヴィエルジュ・ピュイサント(仏 la Vierge puissante)と呼ばれ、いずれも「力ある童貞(処女)」という意味です。「力ある童貞」はマリアが有する伝統的な称号のひとつで、ロレトの連祷にも現れます。





 浮き彫りメダイの表現様式は、年代ごと、彫刻家ごとに異なります。本品の浮き彫りはフィリップ・シャンボーらしいミニマリスティックな作風で、聖母の横顔も衣文(えもん 衣の襞)も大きく簡略化されています。これは作業効率を挙げるための手抜きではなく、余計な装飾的要素を極力排して、美術表現の対象となる事物、事象の本質を明瞭に示そうとする試みです。

 分かりやすい例でいえば、本品のミニマリスティックな浮き彫りは、単色のデッサンや版画に似ています。色彩を排したデッサン、及び単色の版画は、絵画でありながらも形態優位の思想に基づく技法であり、いわば彫刻的絵画であるといえます。片や浮き彫りはしばしば絵画的彫刻と呼ばれます。一方が彫刻的絵画であり、他方が絵画的彫刻であることを考えれば、両者の類同性は明らかでしょう。単色のデッサンや版画が目指す目標と、駅彫り彫刻が目指す目標は、本来的に一致しているのです。





 彫刻的絵画と絵画的彫刻の一致は、ミニマリスムにおいて極点に達します。単色のデッサンと単色の彫刻はいずれも移ろいゆく現象(希 φαινόμενον 観察可能な表面に現われたもの)を捨象し、事象の礎(いしずえ)となる本質、いわば物自体(独 Ding an sich)に迫ろうとする技法です。そしてこれらの技法の目的が最も明瞭に示されるのは、ミニマリスティックな表現による場合です。


 スコラ学(キリスト教哲学)の考え方によると、神がどのような方であるかを人間が知ることはできません(トマス・アクィナス「スンマ・テオロギアエ」第一部第十二問「神はどのようにして我らに認識され得るか」)。しかるに知ることができないものは、表現することができません。それゆえキリスト教美術は、神を表現することが出来ません。

 キリスト教美術が目標とするのは、それゆえ、神そのものを表現することではなく、人と神の関係を示すことです。本品のミニマリスティックな浮き彫りにおいて、フィリップ・シャンボーはマリアを全エクレーシア(希 ἐκκλησία キリスト教会全体)の筆頭者、キリスト者の鑑(かがみ 模範)として表し、天上界に向けた聖母のまなざしによって、エクレーシアから神とキリストに向かう愛を可視化しています。





 原罪を受け継がずに特別な救いに与った無原罪の御宿り(聖母マリア)は、天地を繋ぐ世界軸(羅 AXIS MUNDI)でもあります。世界軸であるマリアは手に載せた球体を神に差し出し、全世界を神に捧げようとしています。

 世界という漢語はサンスクリットの仏教語ロカダートゥを訳したもので、ロカは世すなわち時間、ダートゥは界すなわち空間を指します。したがってロカダートゥは時空全体のことであり、仏教色の無い旧来の漢語でいえば、宇宙(空間と時間)と同意です。球体を手に天を仰ぐ聖母の姿について、聖母が世界を神に捧げていると書きましたが、ここで筆者(広川)がいう世界とはロカダートゥ、すなわち神がお創りになった時間と空間全体のことであり、宇宙と同義です。



(上) Vierge au globe フロック・ロベールによる石膏像を写したエリオグラヴュール。当店の商品です。


 浮き彫りの背景には、神とキリストへの執り成しを求めて、無原罪の御宿りへの祈りが刻まれています。

   Ô Marie conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous.  罪無くして宿りたまえるマリアよ、御身を頼むわれらのために祈りたまえ。


 上述したように、世界球を胸の前に持つ聖母の図像は、ウィルゴー・ポテーンス(羅 VIRGO POTENS)と呼ばれます。この称号は中世以来の伝統的なものですが、1830年にパリ、バック通りの愛徳姉妹会に現れた聖母の姿でもあります。


 通常の不思議のメダイに刻まれる聖母は、無原罪の御宿り像の定型に沿って両腕を下ろし、視線を地上すなわち斜め下に向けています。しかしながらバック通りの修道院にて 1830年 11月 27日と同年 12月(日付不明)にカトリーヌ・ラブレが幻視した聖母は、球体上に立ちつつも手にもう一つの球体を持ち、視線を天に向けるウィルゴー・ポテーンスの姿でした。上の写真はフロック・ロベールによる石膏像で、カトリーヌが幻視した通りの聖母を再現しています。




(上) シュヴァリエの原画によるコロタイプ 当店の商品です。


 カトリーヌ・ラブレが幻視した聖母は、修道院礼拝堂の中央祭壇右手に出現しました。フロック・ロベールの石膏像は 1880年、聖母出現の場所(中央祭壇の右手)に安置されましたが、翌 1881年に撤去され、1885年に元の場所に戻されました。

 フロック・ロベールの石膏像がいったん撤去されたのは、手に球体を持つウィルゴー・ポテーンスが無原罪の御宿り像の伝統にそぐわず、カトリック教会当局に受け容れられなかったからです。無原罪の御宿りの定型は、上の小聖画でいえば右端の絵に近い姿です。カトリーヌは中央の絵の聖母を二度に亙って幻視しましたが、カトリーヌの明確な説明にもかかわらず、バック通りに出現した聖母の姿は右端のように修正・変更されてしまいました。不思議のメダイに打刻される聖母像も、図像表現の伝統に沿って修正・変更された無原罪の御宿り像に限られました。





 不思議のメダイはルルドのメダイと並んで製作数が多く、細かく見れば数多くのヴァリエーションがありますが、それらはいずれも小さな差によるヴァリエーションであって、浮き彫りにされる聖母は、常に無原罪の御宿り像の伝統に沿っています。しかるに本品はカトリーヌ・ラブレが幻視した通り、ウィルゴー・ポテーンスを無原罪の御宿りとしています。

 何度も繰り返して言うように、球体を持つウィルゴー・ポテーンス像は伝統的図像に属します。しかしながらウィルゴー・ポテーンスを無原罪の御宿り像とするならば、それはカトリーヌ・ラブレが幻視した聖母の姿に他なりません。カトリーヌは不思議のメダイの意匠に関して聖母から明確な指示を受けましたが、教会当局は度重なるカトリーヌの訴えを却下し、伝統的図像に近い聖母像へと修正・変更を行いました。その結果生まれたのが、現在知られている不思議のメダイです。

 フロック・ロベールの石膏像、すなわちカトリーヌが幻視した通りの聖母像が修道院礼拝堂に安置されたのは、カトリーヌの死後でした。しかもこの像はいったん安置された後、非伝統的表現が好ましくないとして撤去され、元の場所に戻されるまで数年を要しました。これと同様の事情によって不思議のメダイは意匠が修正され、無原罪の御宿りは球体を持たず、両腕を下げ、視線を下界に向けています。本品はカトリーヌが目にしたままの聖母を刻んだ極めて珍しいメダイであり、筆者(広川)がこれまでに目にした唯一の作例です。





 上の写真は本品を男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。

 フィリップ・シャンボーは表裏とも定型に沿う「不思議のメダイ」を制作する一方で、本品においてはカトリーヌが見た通りの姿で聖母を浮き彫りにしています。裏面に何も彫られていないので、本品は不思議のメダイではないと看做す人もあるでしょうが、筆者(広川)の考えでは、本品を不思議のメダイでないと看做すことを可能にするために、フィリップ・シャンボーは敢えて裏面に定型的意匠を彫らなかったのでしょう。つまりカトリーヌが聖母に指示された通りの意匠で不思議のメダイをデザインすると、カトリック教会当局から問題視されて、ニヒル・オブスタット(羅 NIHIL OBSTAT 発行許可)が得られない可能性があります。そのような事態を避けるために、本品は裏面に何も彫られていないのだと筆者は考えます。







 本品は数十年前のフランスで制作された真正のヴィンテージ品ですが、珍しいことに未販売のまま残っていました。それゆえ古い年代にもかかわらず、新品同様の保存状態です。特筆すべき問題は一切ありません。

 ウィルゴー・ポテーンスによる不思議のメダイは、キリスト教界全体を見渡しても類例が無い作例であり、歴史的意義を有します。在庫しているのはこの一点のみで、筆者が非売品として保管する物も無く、売れれば二度と手に入りません。お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。

 当店の商品は現金一括のお振り込み、代金引換郵便、ご来店時の現金払いまたはクレジットカード払いの他、利子手数料無料の分割払いでもご購入いただけます。遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 34,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




不思議のメダイ 二十世紀中頃のもの 商品種別表示インデックスに戻る

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