黄楊、柘植(つげ)
box, boxwood; buis; der Buchs, der Buchsbaum




(上) "BUIS", Turpin p, Lambert sculpt, 155 mm x 260 mm, de "Flore médicale", 1830, par François-Pierre Chaumeton (1775 - 1819), Jean Louis Marie Poiret (1755 - 1834) et Jean-Baptiste Tyrbas de Chamberet (1779 - 1870)


 黄楊(または柘植 つげ)はトウダイグサ目ツゲ科ツゲ属に属する各種木本です。この植物の英名「ボックス」「ボックスウッド」から「ボックス」(箱)という言葉が出来、独名「ブックス」「ブックスバウム」から「ビュクセ」(die Büchse, f. -n 円筒状の箱)という言葉が出来たことが示すように、良質の材が工芸品の制作に用いられます。

 キリスト教以前の古代から、黄楊は「不死」「永遠の生命」を象徴します。また「枝の主日」に祝別される植物として、「キリストへの信仰告白」「救世主を迎える喜び」「キリストの勝利と栄光」「神との平和」を表します。


【ハーイデースの聖樹である黄楊】

 黄楊はギリシア神話において地下あるいは冥界を司る「ハーイデース」(ハーデース、プルートー) の聖樹とされています。「ハーイデース」( Ἅιδης) はゼウスの兄弟です。この神名の由来は定かではありませんが、一説には「見えなくする者」(註1)の意と考えられています。


 オウィディウスの「メタモルフォーセース(変身)」第五巻によると、ゼウス (Ζεύς) とデーメーテール (Δημήτηρ) の娘であるペルセフォネー (Περσεφόνη) は、薫り高いクチベニズイセン (Narcissus poeticus) を友人たちとともに摘んでいるときに、ハーイデースに攫(さら)われて地下の世界に連れて行かれました。

 ペルセフォネーの母デーメーテールはローマのケレースと同一視される豊穣の女神であるゆえに、デーメーテールが娘を探して悲嘆に暮れ、他事に構わずにいる間、地上のあらゆる植物は死に絶えそうになりました。ゼウスはハーイデースの同意を取り付けてペルセフォネーを母の許(もと)に返させますが、ハーイデースがペルセフォネーに冥界の柘榴(ざくろ)を与え、ペルセフォネーがこれを食べてしまったために、一年のうち三分の一は地下で暮らすことになりました。


(下) Gian Lorenzo Bernini, "Il Ratto di Proserpina", 1621 - 22, marmo, 255 cm, Galleria Borghese, Roma ベルニーニが23歳の時に完成させた作品。




 ペルセフォネーが地下にいる「一年の三分の一」の間、すなわち冬季は、ハーイデースの季節です。冬にはデーメーテールの嘆きゆえにほとんどの植物が枯れますが、常緑の黄楊(つげ)は生命を保ちます。それゆえ、ハーイデースの季節に生命を保つ黄楊は、この神の聖樹とされました。この場合、黄楊は不死の象徴と考えることができます。(註2)


【枝の主日に使われる黄楊】

 イエス・キリストはまだ人を乗せたことのない子ロバに乗り、王としてエルサレムに入城されました。この出来事はマタイ、マルコ、ヨハネの三福音書に記録されています。イエスが入城されたとき、人々は木の葉や上着を道に敷き、歓呼してイエズスと共に歩き、あるいはイエスを市中に迎えました。「マタイによる福音書」21章1節から11節を、新共同訳により引用いたします。


     一行がエルサレムに近づいて、オリーヴ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 
     
      「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、
柔和な方で、ろばに乗り、
荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
     
     弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」
     イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。
     
    (「マタイによる福音書」21章1節から11節 新共同訳)




(上) Giotto, "l'Entrata di Cristo a Gerusalemme", 1303 - 04, affresco, 200 cm x 185 cm, Cappella degli Scrovegni, Padova


 上の引用箇所には二頭のロバが登場します。イエスが乗られたのは子ロバの方ですが、子ロバを落ち着かせるために、弟子たちは母ロバも一緒に借りてきたのです。道に敷いた物については、「マルコによる福音書」11章8節に「多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた」、「ヨハネによる福音書」12章12 - 13節に「その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように.、イスラエルの王に」と記録されています(註3)。

 この出来事は教会暦中の「枝の主日」に記念されています。「枝の主日」にはミサの冒頭で枝が祝別され、信徒はそれを持ち帰ります。用いられる枝の樹種は様々で、プロヴァンスやスペイン、イタリアではナツメヤシの葉やオリーヴの枝が用いられますが、フランス、ベルギー、ドイツ、ポーランドではヨーロッパイチイや柳と並んで、概ね黄楊が用いられます。それゆえ「枝の主日」に使われる黄楊は、救世主を迎える喜び、すなわちイエスこそがメシア(キリスト、救世主)であるという信仰告白を表すとともに、ナツメヤシやオリーヴと同様、「勝利と栄光」「神との平和」を象徴します。




註1 「ホラオー」(ὁράω 古典ギリシア語で「見る」 アオリスト能動相不定形 ἰδεῖν)のアオリスト幹に、否定や欠如を表す接頭辞「ア-」(ἀ-) 及び語尾が付いたとする解釈によります。

註2 ハーイデースは死者の国の神として恐れられました。しかしながら冬に枯死しない黄楊がハーイデースの象徴とされることからも、この神が「死」自体の神格化でないことがわかります。

註3 ヨーロッパで描かれた「エルサレム入城」の絵では衣服が道に敷かれるのに対し、エジプトで描かれた初期の絵では、キリストは敷物の上を通ります。



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