聖母子と幼い洗礼者ヨハネに、一頭の子羊を加えた群像。片手に載るサイズの彫刻を額に嵌め込んだ小品。画面の中心に腰掛けた聖母は、左手を膝の上に置き、右手を幼子イエズスの方へ伸ばしています。幼子イエズスは聖母に身を寄せていますが、母の膝ではなく、子羊に腰を掛けており、左脇には細く長い十字架を抱えています。
子羊はラテン語で「アグヌス・デイ」("AGNUS DEI" 「神の子羊」 中世ガリアの発音では、アニュス・デイ)と呼ばれる旧約時代の燔祭(はんさい)の犠牲獣、過ぎ越しの羊で、人間の罪を贖(あがな)うために十字架に架かったイエズス・キリストを象徴します。
「神の子羊」という言葉は、ヨハネによる福音書1章29節と36節に出てきます。新共同訳により、関連個所を引用いたします。
その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。 『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」
(ヨハネ 1: 29 - 31)
その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。
(ヨハネ 1: 35 - 37)
(下・参考画像) Francisco de Zurbarán, "Agnus Dei", óleo sobre lienzo, 38 x 62 cm, Museo del Prado, Madrid
イエズスよりもわずかに年長の幼児ヨハネはラクダの毛衣を着ています。ヨハネの服装はマタイ伝(3:4)、マルコ伝(1:6)の記述に基づきます。
神の子イエス・キリストの福音の初め。 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」
(マルコ 1: 1 - 8)
(下・参考画像) 「椅子の聖母」のスティール・エングレーヴィング。1875年に製作されたもの。当店の商品です。
三人の人物をピラミッド型に配した構成、聖母の姿勢や顔立ち、聖母の衣、幼児ヨハネの描写、背景の描写等、この作品には全体的にラファエロの影響が看て取れます。
(上・参考画像) 「鶸(ひわ)の聖母」(Raphael, The Madonna of the Goldfinch, 1506, oil on
wood panel, 107 x 77 cm, Uffizi, Firenze)
(下・参考画像) 「美しき女庭師」(Raphael, La Belle Jardinière, 1507, oil on wood, 122 x 80 cm, Louvre,
Paris
向かって左奥の背景には、古代遺跡のようなものが見えます。この彫刻が制作された19世紀後半には、考古学への関心の高まりにより、廃墟を描いた美術作品が多く生み出されました。この小彫刻も、いかにも19世紀に製作された作品にふさわしく、画面に廃墟を取り入れています。
(下・参考画像) カール・ヴェルナー作 「ブリンディージ、ウェルギリウスの家」 ベルトランによる1846年頃のスティール・エングレーヴィング。当店の商品です。
(下・参考画像) リチャード・ウィルスン作 「ヴィッラ・アドリアーナ」 ジェイムズ・カーターによる1850年のスティール・エングレーヴィング。当店の商品です。
この群像は額装されずに露出していた時期があったのか、細部の磨滅や小さな瑕疵がところどころに見受けられますが、それにもかかわらず優れた出来栄えの小品です。できることなら永く手許に置いて、愛惜したいと考えます。売れなくとも構いません。