異なる素材と色を組み合わせて制作された美しいロザリオ。59個のビーズを有するシャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ(chapelet de la Vierge 聖母のロザリオ)で、チェーンに鉄を使っているのも珍しい点です。クルシフィクスとクールに「フルヴィエールの聖母」の意匠があり、フルヴィエールのバシリカが落成した頃、すなわち
1896年から20世紀初頭頃に制作されたものと思われます。
クルシフィクスは銀色の金属製クロスに黒い異素材を象嵌し、別作のコルプス(キリスト像)を鋲留めしています。十字架交差部を覆う大きな後光には、放射状の光条とともに、茨の冠が打ち出されています。クルシフィクスの裏面は、表(おもて)面と同様に黒い異素材を象嵌し、交差部には円盤を鋲留めしています。円盤は縁を茨の冠に模(かたど)り、次の言葉をフランス語で打ち出しています。
souvenir de Notre-Dame de Fourvière ノートル=ダム・ド・フルヴィエール巡礼記念
「ノートル=ダム・ド・フルヴィエール」(Notre-Dame de Fourvière)は「フルヴィエールの聖母」という意味です。「ノートル=ダム・ド・フルヴィエール」はリヨンに伝わる古い聖母子像の名前であり、この聖母子像を安置するバシリカの名前でもあります。
センター・メダルはフランス語で「クール」(cœur 「心臓」の意)といいます。クールはいずれの面にも中心部に直径 7ミリメートルの円形画面があり、その下には八重咲きの薔薇が丁寧に刻まれています。円形画面は一方の面に聖母子像「ノートル=ダム・ド・フルヴィエール」を浮き彫りにし、執り成しを求める祈りで囲んでいます。
Notre-Dame de Fourvière, priez pour nous. フルヴィエールの聖母よ、我らのために祈りたまえ。
もう一方の面にはフルヴィエールの丘に建つバシリカを背景に、リヨンを象徴するライオンを浮き彫りにし、「バジリク・ド・ノートル=ダム・ド・フルヴィエール」(Basilique
de Notre-Dame de Fourvière フルヴィエールの聖母のバシリカ)の文字を刻んでいます。「バジリク・ド・ノートル=ダム・ド・フルヴィエール」は
1872年から建設が始まり、1896年に完成しました。本品はバシリカが完成した頃に制作された品物です。
クールの中央に「ノートル=ダム・ド・フルヴィエール」を浮き彫りにした意匠は、このロザリオを持つ人の心(クール)がフルヴィエールの聖母に捧げられていることを表します。
本品の大きな特徴は、異素材のビーズを組み合わせて作られていることです。すなわちクルシフィクスの隣にある主の祈りのビーズは真珠母で、栄唱と主の祈りを唱える他のビーズはパート・ド・ヴェールで、天使祝詞のビーズは赤のガラス、青のガラス、角でできています。筆者(広川)はこれまでに数多くのロザリオを目にしていますが、このように多彩なビーズを組み合わせたものは本品以外に見たことがありません。
ノートル=ダム・ド・フルヴィエールのバシリカは、1870年のリヨン・コミューンにおける社会主義的価値観に対して、キリスト教が勝利をおさめた象徴として建設されました。内戦で分裂し荒廃したリヨンとフランスが、再び一致して聖母に心を捧げることを約束し、その証として壮麗なバシリカが建てられたのです。したがって本品に使われている多彩なビーズは、あらゆる地域、あらゆる階層のフランス人たちが一致して聖母に捧げる祈りの象徴にほかなりません。
本品は19世紀後半から20世紀初頭に制作された古い品物ですが、保存状態は良好です。特筆すべき問題は何もありません。多彩なビーズによって、あらゆる人種、民族、階層の人々から聖母の許(もと)へ立ち昇る祈りを象(かたど)る美しいアンティーク・シャプレです。