極稀少品 細密彫刻の大型メダイ 《ノートル=ダム・ド・ルルド》 高い芸術性を備えた名品 直径 23.5 mm


突出部分を除く直径 23.5 mm


フランス  二十世紀半ばから後半



 デッド・ストック品と思われる「ノートル=ダム・ド・ルルド」(Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)のメダイ。極めて美しい細密浮き彫りの名品です。裏面にはメダイユ工房の名前らしきものが大きく刻まれています。


 ファビシュの聖母像


 ルルドを貫流するポー川(le gave de Pau)の岸辺に、現地で話されるガスコーニュ語ビゴール方言で「マサビエラ」(massavielha 「古い岩塊」の意)と呼ばれる高さ二十七メートルの岩場があります。この岩場は巨大な石灰岩の塊で、基部にポー川の浸食を受けて、高さ 3.80メートル、奥行 9.5メートル、幅 9.85メートルのグロット(grotte 洞穴、岩に開いた大きな横穴)を生じています。洞穴に向かって立つと右上方に縦長の開口部があって、開口部の奥は下の洞穴に繋がっています。ベルナデット・スビルーが幻視した少女マリアは、この開口部に立っていました。若き聖母に指示されたベルナデットが、洞穴内の土を手で掘ったところ泉が湧き出して、多数の病人に奇跡的な治癒効果を発揮しました。

 ルルドのグロットの右上方、ベルナデットが聖母の姿を見た開口部には、聖母出現から六年が経った 1864年に、リヨンの高名な彫刻家ジョゼフ=ユーグ・ファビシュ(Joseph-Hugues Fabisch, 1812 - 1886)の手による聖母像が安置され、現在に至っています。ファビシュの聖母像は大理石製で、1853年 3月25日、十六回目の出現の際にベルナデットに名を問われ、「わたしは無原罪の御宿りです」と答えたときのマリアを表現しています。ファビシュが彫ったマリア像は、両足の上に金の薔薇が取り付けられています。





 本品の表(おもて)面には、マサビエルの岩場に出現した若き聖母と、聖母の足元まで近付いて跪くベルナデット、遠景にはルルドのバシリカが、見事な精緻さで浮き彫りにされています。

 本品のマリアは胸の前に両手を合わせており、両足の上に薔薇を咲かせています。それゆえ本品のマリアはファビシュのマリア像に影響を受けていることが分かります。しかしながらファビシュのマリア像が聖母の伝統的表現に近く感じられるのに対し、本品に彫られたマリアは初々しい少女の姿をしており、後光さえなければ若い修道女のようにも見えます。マリアはの中に裸足で立ちつつも無原罪性ゆえに傷つかず、見る者を思わず跪かせる神々しさを有します。その一方でマリアの穏やかな表情はあくまでも優しく、少女の年齢でありながらも、「全ての人の御母」と呼ばれるにふさわしい慕わしさを備えています。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。マリアとベルナデットの顔は直径およそ一ミリメートルに収まりますが、目鼻立ちはよく整い、大型の彫刻作品に劣らない出来栄えです。薔薇の花の直径は 0.7ミリメートルほど、薔薇の葉の長さは 0.4ミリメートルほどしかありませんが、一輪一輪の花とその花びら、一枚一枚の葉がすべて丁寧に彫刻され、正確な比例で表現されています。マリアとベルナデットが持つシャプレ(数珠、ロザリオ)は、形態の点でも、ビーズの数と配置の点でも、実物通りの正確さで彫られています。シャプレのビーズの直径は 0.1ミリメートルほどですが、一つ一つが半球形に整えられています。


 本品の浮き彫りはこのように驚くべき細密性を有しますが、そのことにも増して特筆すべきは、本品を制作したメダイユ彫刻家が、不可視であるはずの精神的価値を巧みに形象化していることです。天に目を向けるマリアの表情にはアブラハムにも勝る信仰の深さが、マリアを仰ぐベルナデットの横顔には純粋な少女の敬虔が、それぞれ紛れも無い形で顕れています。





 ひと口にルルドのメダイと言っても、メダイに彫られたマリアの表情は同じではなく、たいていの場合は威厳ある表情を浮かべています。しかるに本品のマリアは、上述したように、親しみやすい姿で表現されています。本品に彫られたマリアとベルナデットの距離は、現実の岩場に比べて極端に縮められています。これは限られたスペースに彫刻するためでもありますが、マリアの慕わしさを表現するためでもあります。


 ピレネー山中の聖母出現は、これをわが国に譬えれば、熊野に伊弉冉が出現したとか、羽黒山に観音菩薩が出現したというような事態に比せられます。もしもわが国でこのような事が起これば、聖地を訪れる者は宗教的神秘に心を惹かれながらも、出現した聖なる存在を畏怖し、恐れることでしょう。しかしながらルルドの聖地は山岳信仰に特有の陰翳を感じさせません。本品の浮き彫り彫刻が有する明るく親しみやすい雰囲気は、世界宗教であるキリスト教ならではの特徴、すなわち人知を絶する神秘性と、知性に親和する合理性をバランスよく共存させるキリスト教の特性をよく示しています。

 ドイツの宗教学者ルドルフ・オットー(Rudolf Otto, 1869 - 1937)は、1917年に出版された名著「聖なるもの」(„Das Heilige: Über das Irrationale in der Idee des Göttlichen und sein Verhältnis zum Rationalen“, Trewendt & Granier, Breslau 1917))十九章の末尾において、キリスト教に見られる理性的要素と非理性的要素の健全な調和を指摘し、二要素の調和ゆえにキリスト教は卓越した宗教であると論じています。

 「聖なるもの」の該当箇所を、1936年の第三版に基づき、ドイツ語原文に和訳を付して引用します。和訳は筆者(広川)によります。原文の意味を正確に訳すとともに、こなれた日本文となるよう心がけたため、筆者の訳は逐語訳にはなっていません。文意を通りやすくするために補った語は、ブラケット [ ] で囲いました。


     Daß in einer Religion die irrationalen Momente immer wach und lebendig bleiben, bewahrt sie davor, Rationalismus zu werden. Daß sie sich reich mit rationalen Momenten sättige, bewahrt sie davor, in Fanatismus oder Mystizismus zu sinken oder darin zu beharren, befähigt sie erst zu Qualitäts-, Kultur- und Menschheitsreligion.    ある宗教において、種々の非理性的動因が常に目覚めて活動し続けているならば、その宗教が合理主義になることはない。宗教のうちに種々の理性的動因が十分に存在するならば、その宗教は狂信主義や空想的信仰に沈むこともなく、そのような状態に留まることもなく、宗教はようやく質的に優れた宗教、文化的宗教、全人類的宗教となる。
         
     Daß beide Momente vorhanden sind und in gesunder und schöner Harmonie stehen, ist wieder ein Kriterium, woran die Oberlegenheit einer Religion gemessen werden kann, und zwar gemessen an einem ihr eigenen religiösen Maßstabe.    非理性的動因と理性的動因の両方が存在し、より一層健全かつ美しい調和のうちにあるということは、やはりひとつの宗教の優越性を計る基準となり得る。ひとつの宗教の優越性は、さらに、その宗教に固有の宗教的尺度に拠っても計られ得る。
         
     Auch nach diesem Maßstabe ist das Christentum die schlechthin überlegene über ihre Schwester-religionen auf der Erde. Auf tief-irrationalem Grunde erhebt sich der lichte Bau seiner lauteren und klaren Begriffe Gefühle und Erlebnisse. Das Irrationale ist nur sein Grund und Rand und Einschlag, wahrt ihm dadurch stets seine mystische Tiefe und gibt ihm die schweren Töne und Schlagschatten der Mystik, ohne daß in ihm Religion zur Mystik selber ausschlägt und auswuchert.    この基準に照らしても、キリスト教は世界の姉妹宗教に絶対的に優越する。[キリスト教においては、]混じり気なく且つ明瞭な種々の概念、感情、体験が、あたかも採光の良い建物が建つように、深遠なまでに非理性的な基礎の上に建っている。非理性的なるものは、基礎、辺縁、外来物のみである。非理性的なるものは、それら(基礎、辺縁、外来物)によってキリスト教の神秘的な深みを常に守り、秘教の重々しい調子と濃い影をキリスト教に与える。しかしながらキリスト教において、宗教が自ずから秘教に傾き、秘教に変容することはない。
         
     Und so formt sich das Christentum im gesunden Verhältnisse seiner Momente zu der Gestalt des Klassischen, die dem Gefühle sich nur um so lebhafter bezeugt, jemehr man es ehrlich and unbefangen hineinbezieht in die Religions-vergleichung und erkennt, daß in ihm auf besondere- und überlegene- Weise ein Moment menschlichen Geisteslebens zur Reife gekommen ist, das doch auch anderswo seine Analogien hat, nämlich eben "Religion".    キリスト教は、理性的動因と非理性的動因の比率が健全であるゆえに、古典的な様態を有するものとなる。誠実かつ偏見にとらわれない態度でキリスト教を他宗教と比較し、人間の精神生活を成熟させる動因が、キリスト教においては特有且つ卓越的な様態で現れていることを認識するならば、キリスト教が有するそのような様態は、それだけいっそう活き活きと感情に働きかける(sich bezeugen 直訳「自らを証明する」)ものとなる。なお人間の精神生活を成熟させる動因は、[精神活動の]他の分野においても類例を見ることができるが、それはすなわち、「宗教」も同様にその類例であるということである。






 フランス西部のソミュール(Saumur ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏メーヌ・エ・ロワール県)は、もともとシャプレ(ロザリオ)やメダイユ等の信心具制作が盛んな地域です。マルティノー(Martineau)やピシャール・バルム(Pichard-Balme)のようなメダイユ工房はよく知られています。


 本品の裏面にはソミュールの都市名と郵便番号が書かれています。その上にあるのはメダイユ彫刻家の名前で、おそらく自身の独立工房を構えていた人でしょう。

 メダイユ工房の仕事は顧客の注文を受けてメダイユを作ることですが、おそらく本品は見本市等で展示あるいは配布した作品であって、顧客の注文による量産品ではないと考えられます。すなわち本品はソミュールに工房を構えるムヌレあるいはメヌレというメダイユ彫刻家が、発注者を募るために制作した見本と思われます。





 拡大写真をご覧いただければ分かるように、本品は過剰なまでに細密で、信心具に要求される以上の高い芸術性を備えています。筆者(広川)は長年に亙って信心具を扱い、ルルドのメダイも多くの点数を見てきていますが、本品はその中でも最高の出来栄えです。


 筆者は多くのメダイを見て、目が肥えています。しかしながら一般の人はそれほど目が肥えていません。また筆者は強い近視で、微細な物が肉眼でよく見えます。しかしながら一般の人は、本品が有する作り込まれた細部を判別できません。ルーペを使えば見えるでしょうが、通常はメダイをルーペで観察する機会はありません。したがって信心具のメダイにそれほど高い芸術性は要求されません。メダイを販売する信心具店や教会としては、芸術品として優れてはいなくても、仕入れ単価が安い方が良いのです。

 このような事情を考えれば、本品は多くの納入先を見つけられなかったであろうと思われます。実際、筆者は本品を長く愛蔵しており、二点目が手に入ればどちらかを販売しようと考えていましたが、アンティーク品としては年代が新しいにもかかわらず、いくら探しても二点目が見つかりません。また本品自体も新品の状態で、市販されていたもののようには見えません。このメダイは芸術性が高すぎた故に、おそらく見本が作られただけに終わり、結局販売されなかったのでしょう。





 本品は極めて良好な保存状態です。突出部分にもまったく摩滅が無く、驚異的に細かいミニアチュール彫刻の各部も、制作当時のままの完全な状態を留めています。メダイをペンダントとして使うと裏面が服地と擦れ合って摩滅しますが、本品の裏面にはもともと彫刻が無いので、気にする必要がありません。





本体価格 28,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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