名品 大きな祈りを籠めた最小のメダイ 世の救い主なる幼子と聖家族 驚くべき細密浮き彫りによる戦間期の作品 直径 8.7 mm


突出部分を除く直径 8.7 mm

フランス  1920年代



 直径九ミリメートルに満たないメダイ。指先に乗るサイズです。フランスのアンティーク・メダイには時おり非常に小さなサイズのものがありますが、その中でも本品は最小クラスです。





 本品は一方の面に聖父子、もう一方の面に聖母子を、それぞれ細密な浮き彫りで表しています。下の写真は、本品の表と裏を別々に撮影して並べた合成写真です。商品の数は一点です。





 フランスのアンティーク・メダイは、ほとんどの場合、メダイの裏面に浮き彫りが無いか、そうでなければ二面が同一の主題に基づいて制作されています。初聖体の記念メダイは前者の例、ルルドのメダイや聖クリストフのメダイは後者の例です。しかしながら本品の二面はそれぞれ異なる主題に基づいて制作されており、珍しい作例となっています。





 一方の面には聖父子、すなわちサルヴァートル・ムンディーとして表された幼子と、ホデーゴス(ホデーゲーテール)として表された聖ヨセフが、優れたミニアチュール彫刻で表されています。

 堂々とした風貌と体格の聖ヨセフは、左腕に息子イエスを抱き、正面すなわち聖画像を見る人に顔を向けています。イエスは玉座の王にも似た威厳ある表情と姿勢で、左手に世界球を持ち、右手を挙げて人々を祝福しています。

 「サルヴァートル・ムンディー」(羅 SALVATOR MUNDI)とはラテン語で「世の救い主」という意味で、左手に球体(世界球)を持ち、右手で祝福を与えるキリスト像をこのように呼んでいます。大きさの無い中心点から発出して等距離にある点の集合であり、神から発出する被造的世界を象徴します。球の上部に立つ十字架は、救い主キリストが世界を統べ治め給うことを表します。





 ホデーゴス(ὁδηγός)またはホデーゲーテール(ὁδηγήτήρ)とは、古典ギリシア語で「道案内人」のことです。美術史において、この語の女性形ホデーゲートリア(Ὁδηγήτρια)は聖母子像の一類型を示す名称であり、救いに至る道(ὁδός)である幼子イエスを世人に示す聖母マリアを表します。本品は聖母子像ではなく聖父子像ですから、救世主である幼子を世人に示す聖ヨセフは、ホデーゴス(Ὁδηγός)またはホデーゲーテール(Ὁδηγήτήρ)であると言うことができます。

 ホデーゲートリア型聖母子像において、聖母はイエスの右側(向かって左側)に描かれるのが普通です。これは聖母が天上において「イエスの右(すなわち、向かって左)」の座を占めていることを表します。絵画や浮き彫り彫刻においてヨセフが幼子イエスを抱く場合も、ヨセフはイエスの右(向かって左)にいる作例が大多数を占めますが、これは聖母子像に倣って描かれているためでしょう。本品もそのような例の一つです。





 父が子を抱き、子が父に抱かれながらも、父子が互いのほうを見ずにいずれも正面観で表される様式は、ロマネスクの聖母子像に似ています。ロマネスク期は巡礼が盛んな時代でした。教育の無い大多数の人々にとって、幾多の危険を冒して名のある巡礼地を訪れ、聖遺物と聖母子像を拝することこそが、信仰に他なりませんでした。本品の聖父子像はこのような時代の聖母子像に倣って彫られた作品であり、日々地上の旅を続ける人に、祝福と励ましを与え続けています。




(上) Georges de La Tour,  L’Apparition de l’Ange à Saint Joseph, c. 1640, Huile sur toile, Musée des Beaux-Arts, Nantes


 本品に彫られたヨセフは百合を持っています。通常この百合はヨセフがマリアの浄配であること、すなわちマリアとの間に肉体関係が無いことの象徴であると解されています。この解釈は決して誤りではありませんが、聖父子像の百合には純潔の象徴にとどまらない積極的な意味があります。

 ヨセフの百合が純潔の象徴に過ぎないならば、ヨセフはイエスを抱かない単独像であってもよいはずです。百合を持ったヨセフを、イエスではなくマリアとともに描けば、「純潔」の意味はさらに強調されるでしょう。しかしながら実際には、百合を持ったヨセフは、単独像でもなく、マリアとともにでもなく、幼子イエスとともに描かれます。これはどうしてでしょうか。

 百合の象徴性は多様であり、「純潔」を表す以外にも、「神に選ばれた身分」、及び「すべてを神に委ねる信仰」を表します。旧約の「雅歌」二章二節ではユダヤ民族が「の中に咲きいでたゆりの花」に譬えられていますし、キリスト教では同じ聖句が神に選ばれたマリアを指すと解釈されています。また「マタイによる福音書」六章及び「ルカによる福音書」十二章では、栄華を極めたソロモンに勝って美しく装う百合が、神の摂理への無条件的な信頼、揺るぎない信仰を象徴しています。

 ヨセフはイエスの父として神に選ばれました。また夢に現れた天使の言葉を信じて、懐妊したマリアを妻として受け入れました。それゆえ力強い父ヨセフが幼子イエスをしっかりと抱いている図像において、百合は純潔を表すというよりも、むしろヨセフが信仰ゆえに父として選ばれたことを強調していると考えられます。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。聖父子の顔は直径一ミリメートルないし二ミリメートルに収まりますが、目鼻立ちが整っているのみならず、ヨセフの表情にはアブラハムにも比せられる信仰が、イエスの表情には世の救い主としての威厳が、紛れも無い形で表されています。本品の直径は九ミリメートルに満たず、表面の凹凸は数分の一ミリメートルしかありません。それにもかかわらず、写真を拡大しても粗雑な点は皆無であり、僅少の凹凸によって驚くべき三次元性を表現しています。フランスのメダイユ制作の技術は、真に驚嘆に値します。


 本品の聖父子像を注意深く観察すると、ヨセフがイエスを抱く抱き方が、聖母子像におけるマリアの抱き方とは異なることに気付きます。聖母子像のマリアは幼子の体に両手を添えて、母子が密着するような抱き方をしています。しかるにヨセフは幼子の体を力強い左腕でしっかりと支えつつ、右手は幼子の足を下から支えて、あたかも自らの足で立つイエスを支えるかのような姿勢を執っています。

 正統教義のキリスト論によると、イエスは三位一体の第二のペルソナ、全知全能の神であると同時に、まったくの人間でもあります。それゆえ幼子イエスはどこにでもいる普通の子どもと同様に、知恵においても背丈においても少しずつ成長されました。(ルカ 2: 52) したがって幼子の健全な成長に両親の存在が大きな役割を果たしたことは、普通の子どもの場合とまったく同様です。幼子イエスは信仰深い両親に育てられ、人間として成熟していったのです。

 その過程において、神に選ばれたヨセフは父親としての役割を立派に果たしました。父ヨセフがいなければ、イエスは神の意志に従って受難する強さも信仰も得ることが無かったでしょう。マリアがイエスを生むために夫は必要でなかったにもかかわらず、神がマリアの夫にヨセフを選び給うたのは、イエスの成長に父が必要であったからなのです。このメダイのヨセフは何よりもまず「父」として表されているのであり、本品の白百合は神に選ばれた父の象徴に他なりません。





 もう一方の面には巨大な聖母子像ノートル=ダム・ド・フランスが、あたかも天地を繋ぐかのように、上下いっぱいに造形されています。

 ノートル=ダム・ド・フランスが所在するル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏オート=ロワール県)は、六角形のフランス国土の中心よりも少し南にある町で、中世以来の聖母の巡礼地です。サンティアゴ・デ・コンポステラに向かう主要な巡礼路は四つあるとされていますが、そのうちのひとつはこの町を起点とし、「ル・ピュイの道」(羅 VIA PODIENSIS 仏 voie du Puy)と呼ばれています。ル・ピュイ司教ゴデスカルク(Godescalc / Gotefcalque, + 961)は 950年か 951年にサンティアゴ・デ・コンポステラに巡礼しました。ゴデスカルクの巡礼はサンティアゴ・デ・コンポステラへの最初の巡礼記録として知られています。





 ノートル=ダム・ド・フランス(仏 Notre-Dame de France)は「フランスの聖母」という意味です。この聖母子像は、ル・ピュイの町を見晴らす岩山「ル・ロシェ・コルネイユ」(le rocher Corneille コルネイユの岩)の頂上に、西南西を向いて建てられています。ル・ロシェ・コルネイユの標高は 757メートルで、ル・ピュイ市街の市役所前広場とは 132メートルの高低差があります。

 ノートル=ダム・ド・フランスは鉄製で、クリミア戦争で鹵獲されたロシア軍の大砲を主な原料としています。聖母子像の高さは 16メートルで、台座を含めると 22.7メートルの高さがあります。聖母の髪の長さは7メートル、聖母に踏み砕かれる蛇の長さは 17メートル、聖母子像の重量は 110トンです。

 聖母はフランスの女王として、「ヨハネの黙示録」十二章一節にある十二の星の冠を戴いています。聖母の体内には百七段の階段があり、この冠まで登れるようになっています。花と宝石をちりばめたマントは、聖母の徳を象徴しています。





 ノートル=ダム・ド・フランスをデザインしたのは 1836年のローマ賞受賞者であるジャン・ボナシユ(Jean-Marie Bienaimé Bonnassieux, 1810 - 1892)で、神の母としての「母性」、天の元后の「高貴さ」、無原罪の御宿りの乙女の「清らかさ」を同時に表現しています。

 ノートル=ダム・ド・フランスは、教皇ピウス九世はローマ司教座から無原罪の御宿りの教義を宣言したのと同じ日、すなわち 1854年12月8日に定礎が行われました。1856年3月30日にクリミア戦争が終結し、鉄百五十トン分に相当する二百十三台の大砲がル・ピュイ司教のもとに届けられると、ジヴォール(Givors ル・ピュイの北東九十キロメートルの町)の E. プレナ社(la Société des Hauts-Fourneaux et Fonderies de Givors E. Prénat & Cie)が三年がかりの作業を開始しました。百五個の部品に分けて鋳造され、九百個の小部品とともにル・ピュイで組み立てられたノートル=ダム・ド・フランスは、1860年9月12日、聖母マリアの御名の祝日に祝別されました。





 本品の彫刻家はノートル=ダム・ド・フランスの足元に雲を表現しています。ノートル=ダム・ド・フランスは実際に高所にありますが、浮き彫りに表された雲は現地の標高の高さを表現しているというよりも、むしろ聖母子が天上にあることを象徴しています。すなわちル・ロシェ・コルネイユの頂上に立つノートル=ダム・ド・フランスは天上にある栄光の聖母であって、ル・ピュイの町、及びフランスを、天の玉座から祝福しているのです。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。裏側の聖父子像は顔のサイズが二ミリメートルでしたが、この面の浮彫は幼子の身長が二ミリメートル、聖母は五ミリメートル弱です。このような極小サイズであっても浮彫は正確で、聖母子の顔から衣の襞(ひだ)、球上の蛇、台座側面の彫刻の細部に至るまで、一切手を抜かない丁寧さで制作されています。





 フランスのアンティーク・メダイが両面に浮き彫りを有する場合、二面は同一の主題に基づいて制作されるのが普通です。一見したところ本品の二面は主題が異なりますが、二つの彫刻が同一のメダイの表裏を為す以上、両作品は内的に関連付けられていると考えるべきです。これら二点の浮き彫りは、彫刻された人物像の縮尺が大きく異なるために、違いが大きく感じられますが、一方の面に彫られているのは聖父子像、もう一方の面に彫られているのは聖母子像であり、両面を合わせるとイエスを中心にした「聖家族のメダイ」となることに気付きます。





 十九世紀半ばのカトリック教会は、自由主義、汎神論、高等批評、共和主義、社会主義などの近代的思潮、及び帝国主義がもたらす幾多の戦争に大きな危機感を抱いていました。ル・ピュイ=アン=ヴレのノートル=ダム・ド・フランスやマルセイユのノートル=ダム・ド・ラ・ガルドをはじめ、この頃にフランス各地で建造された巨大な聖母は、「ヨハネの黙示録」十二章に記された女、竜を滅ぼす子を産む女の姿です。ノートル=ダム・ド・フランスは、近代の弊害と戦う聖母に他なりません。

 この聖母像をもう一面の聖父子像と合わせれば、本品に籠められたカトリック的思想が見えてきます。ヨセフ、マリア、イエスの聖家族は、幼子イエスを中心に、愛によって結びついています。また一般の家族も子供を中心に、愛によって結びついています。これと同じように、あらゆる人々は「平和の君」「サルヴァートル・ムンディー」なるイエスの下、聖家族に倣って結びつくべきなのです。本品はまず何よりも、神の平和、主の平安を強く主張するメダイであることが分かります。


 ハーバード大学のサミュエル・ハンチントン教授(Samuel Phillips Huntington, 1927 - 2008)は 1996年の著作「諸文明の衝突と世界秩序の再創造」("The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order")の第六章冒頭で、次のように述べています。手許のタッチストーン版(ISBN 0-684-84441-9)によって引用します。日本語訳は筆者(広川)によります。

      During the Cold War a country could be nonaligned, as many were, or it could, as some did, change its alignment from one side to another. The leaders of a country could make these choices in terms of their perceptions of their security interests, their calculations of the balance of power, and their ideological preferences.     冷戦時代の国は非同盟国でありえたし、実際に多数の国が非同盟国であった。また所属する同盟を変更することも可能であったし、そのような実例もあった。国家指導者たちは安全保障上の利害の感覚、勢力均衡の計算、イデオロギーの好みに応じて、政治同盟に関する行動を選択していた。
     In the new world, however, cultural identity is the central factor shaping a country's associations and antagonisms. While a country could avoid Cold War alignment. it cannot lack an identity. The question, "Which side are you on?" has been replaced by the much more fundamental one, "Who are you?" Every state has to have an answer. That answer, its cultural identity, defines the state's place in world politics, its friends, and its enemies.    しかしながら新しい世界において、ある国の他国に対する結びつきや敵意を形作るのは、文化的多様性である。冷戦時代の同盟に加わる必要が無くなった代わりに、文化的同一性が不可欠になっている。以前は「貴国はどちら側か」と問われていたのが、「貴国は誰であるか」というはるかに根本的な問いに置き換わったのである。いまや全ての国家が、この問いに答えなければならない。問いに対する答え、すなわち国家の文化的アイデンティティによって、その国家の国際政治上の位置、友好国、敵国が決まるようになっているのだ。


 私はこの本を上梓直後に読みましたが、それから二十年が経ったいま、ハンチントン教授の慧眼に驚いています。


 カトリック教会(公教会)は「一・聖・公の教会」(ἡ Ἐκκλησία, ἡ Μία, Ἁγία καί Καθολική)ですが、ここに言う「公」あるいは「公同」(カトリケー Καθολική)とは、副詞「カトルゥ」(καθόλου)または「カ・トルゥ」(κατ' ὅλου * すべてにおいて)に由来する形容詞であり、全世界に共通の教会であることを示します。

 カトリック教会はキリストの神秘体(羅 mysticum corpus christi)であり、全ての文化的差異を包摂します。しかるに現代の世界では文化的多様性に不寛容な態度が幅を利かせ、内戦や戦争、民族浄化や移民排斥が各地で頻発しています。現代の世界は、キリスト教が実現に奮闘する「神の国」の在り方とは正反対の方向に向かいつつあります。

 国家や民族にとって、文化的アンデンティティは冷戦時代の政治体制よりもはるかに根本的であり、変化しにくい属性です。それゆえに、文明と文化の境界線が国際政治のフォールト・ラインになる現代は、カトリック教会の立場から見れば、このメダイが作られた戦間期以上に憂慮すべき時代となっていることがわかります。





 本品は百年近く前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、極めて良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。

 本品の二面はいずれも細密な浮き彫りを有します。両面の浮彫は、主題の重要性においても、制作の丁寧さと出来栄えにおいても、同等です。したがって本品は、それぞれの面に固有の意味があることに加えて、二面の組み合わせに特別な意味が籠められているのであり、その意味とは世界平和を求める祈りに他なりません。本品が我々に求めているのは、物事を小さなスケールで考えないこと、個人のライフスパンや民族の小さな利害を捨象して神に仕えることです。メダイのなかでも最も小さなサイズの本品には、「世界を想え」という大きなメッセージ、サルヴァートル・ムンディー(世の救い主)なる幼子イエスへの真摯な祈りが籠められています。





本体価格 15,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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