稀少品 子供たちの聖母さま、わたしたちと、わたしたちの両親と、教会をお守りください。 (ブアス=ルベル 図版番号不明)
Notre-Dame des Enfants, protegez nous. Protegez nos parents, Protegez l'eglise. Bouasse-Lebel
117 x 71 mm
フランス 1870 - 1879年
透かし細工、版画ともとりわけ繊細で美麗なフランスのアンティーク・
カニヴェ。
子供、家族、教育関係者の守護聖女、
ノートル=ダム・デ・ザンファン(Notre-Dame des enfants 子供たちの聖母)を描いています。
ノートル=ダム・デ・ザンファンは、六角形のフランス国土のちょうど中心あたり、シャトーヌフ=シュル=シェール(Chateauneuf-sur-Cher サントル地域圏シェール県)にある
バシリカ、
及びこのバシリカに安置されている聖母像の名前です。
この聖堂を建設するために、1860年代に全フランスの子供たちに向けて献金の呼びかけがなされました。
1866年にはノートル=ダム・デ・ザンファンの信心会 (la confrerie Notre-Dame des Enfants) が創設され、1870年に大信心会
(l'archiconfrerie) に昇格しました。
本品の表(おもて)面には、子供たちに囲まれるノートル=ダム・デ・ザンファン(子供たちの聖母)の姿を描きます。
この図像は、シャトーヌフ=シュル=シェールのバシリカに安置されている聖母と子供たちの像を、そのまま版画に写したものです。
(下・参考画像) シャトーヌフ=シュル=シェールのバシリカ内、ノートル=ダム・デ・ザンファン礼拝堂の祭壇。このカニヴェに描かれているのと同じ群像が安置されています。
聖母は戴冠して壇上に立っていますが、壇といってもごく小さなもので、子供たちは気後れすることなく聖母の間近に集まって、思い思いの自然な姿で聖母に対する思慕を表しています。
大きな女の子は眠っている弟か妹を祝福してもらおうと聖母を見上げ、向かって右手前に立つ子供は聖母の愛に引き寄せられて、両腕をいっぱいに伸ばしています。
最も手前、聖母の足下にいるふたりの子供は真っ白な衣を着て、聖母の前に白百合を捧げて、純潔を誓っています。
子供たちに囲まれた聖母は優しい表情を浮かべ、慈愛に満ちた温かな視線と、掌から発出する愛と恩寵の光を、子供たちひとりひとりに注いでいます。
聖母から後光が発してカニヴェの画面全体に充溢する様子が、群像の背景に透かし細工に表されています。
聖母の頭部を囲むのはロサリウム(ROSARIUM ラテン語で「薔薇の冠」)、すなわち
ロザリオです。
ロサリウムよりも内側の透かし細工は細かいスティプル状になっており、いわば光の密度が高くなっている様子が巧みに表されています。
薔薇は聖母の象徴であり、カニヴェ下端の透かし細工も薔薇の花々を象(かたど)ります。
カニヴェの左右を飾る植物文様のうち、右上部は百合を象(かたど)っています。
百合は純潔の象徴であるとともに、旧約聖書の愛の歌「雅歌」2:2の聖句に基づき、聖母の象徴とされます。この箇所の聖句を下に示します。
Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata) おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。
(新共同訳)
なおカニヴェの群像は、シャトーヌフ=シュル=シェールのバシリカに安置されている聖母と子供たちの像を版画に写したものですが、元の像に背景画等は伴いません。
透かし細工のパターンはこのカニヴェ独自のオリジナル・デザインです。
聖母の姿は、肌をスティプル(点描)で表し、身に着けている物はほとんどすべて
グラヴュール(エングレーヴィング)で表しています。
冠のみ
オー・フォルト(エッチング)で製作されていますが、カニヴェは画面が小さいため、オー・フォルト(エッチング)も非常に細かく、グラヴュール(エングレーヴィング)並みの緻密さを実現しています。
聖母の顔をさらに拡大します。定規の一目盛は1ミリメートルで、拡大倍率は面積にして百倍です。
1ミリメートル四方のスティプルの数はおよそ30個、1ミリメートルあたりのグラヴュールの線は4ないし5本前後を数えることができます。
聖母の顔の造作は4ミリメートル四方に収まっていますが、たいへん美しく整った顔立ちに仕上げられています。
聖母を慕う子供たちは個性豊かに描き分けられ、髪の毛の一本一本まで再現する細やかな丁寧さは、聖母の描写に劣りません。
下の画像は実物の面積を25倍に拡大したもので、定規の一目盛は1ミリメートルです。
子供たちの群像も、聖母像と同様に手間を惜しまず、ほぼ全面的にグラヴュール(エングレーヴィング)で描かれていることが分かります。
群像の下端部に、カニヴェの版元の名前が書かれています。
Bouasse-Lebel, Imprimateur et Editeur, Paris, 28 et 29, rue St.-Sulpice,
Paris ブアス=ルベル 印刷及び出版元 パリ、サン・シュルピス通 28, 29番地
ブアス=ルベル社 (Bouasse-Lebel, Imprimateur et Editeur) は、「ブアス=ルベル」と名乗ったエングレーヴァー、
アンリ=マリ・ブアス (Henri-Marie Bouasse, 1828 - 1912) が創業したカトリックの出版社で、数多くの美しいアンティーク・カニヴェ、アンティーク・クロモの版元として知られています。
その下には、ノートル=ダム・デ・ザンファンに加護を求める子供たちの祈りが、フランス語で刻まれています。
Notre-Dame des Enfants, protegez nous, protegez nos parents, protegez l'Eglise.
子供たちの聖母さま、わたしたちをお守りください。わたしたちの両親をお守りください。教会をお守りください。
これらの文字も活版印刷ではなく、すべてグラヴュール(エングレーヴィング)で刻まれています。
カニヴェの裏面には、シャトーヌフ=シュル=シェールの大信心会、ラルシコンフレリ・ノートル=ダム・デ・ザンファン (l'archiconfrerie
Notre-Dame des Enfants) の名の下、
子供たちの聖母に捧げる「スヴネ・ヴ」(フランス語で「思い出してください」「忘れないでください」の意)の祈りが記されています。内容は次の通りです。
| . Souvenez-vous, o tres-pieuse Vierge Marie, o Notre-Dame des Enfants,
que jamais on ne vous a invoquee en vain, et que toujours vous avez ete
exaucee de Jesus, votre divin Fils. |
憐れみ深い聖母さま。子供たちの聖母さま。どうか思い出してください。私たちが呼び求めるとき、御身は必ず応えてくださったことを。神なる御子イエス様が、御身の願いをつねに聴き容れ給うたことを。 |
| Vous etes notre Protectrice, notre Mere; nous recourons a vous avec confiance,
et nous nous prosternons a vos pieds pour vous offrir nos coeurs, vous
benir de vos bontes, vous supplier d'exaucer nos voeux: |
御身は私たちの御(おん)守り手、私たちの御母であられます。私たちは心安らかに御身に身を委ねます。御足許にひれ伏して心を捧げ、御身の優しさに感謝し、私たちの祈りを聴き容れてくださるように乞い願います。 |
| veillez sur nous, protegez nos parents; eloignez de nous tout peril, tout
piege du monde et du demon; conservez notre innocence, dirigez nos pas
dans la vertu; faites que nous croissions, comme l'Enfant-Jesus, en sagesse,
en age et an grace. |
私たちを見守ってください。わたしたちの両親をお守りください。すべての危険から、世と悪魔のすべての罠から、私たちをお守りください。悪を知らない純粋さをお守りください。徳の中を歩めるようにお導きください。幼子イエス様と同じように、知恵においても、年齢においても、恵みにおいても、私たちを成長させてください。 |
| O notre-Dame des Enfants, o notre Mere, nous vous aimons, aimez-nous, et
par votre puissante intercession, sauvez-nous tous. Ainsi soit-il. |
子供たちの聖母さま。私たちのお母さま。私たちは御身を愛します。私たちを愛してください。力強い御執り成しによって、私たち皆をお救いください。アーメン。 |
裏面最下部には、次の言葉が記されています。
Nous attachons une indulgence de QUARANTE JOURS a la recitation de cette
priere. C. A., Archeveque de Bourges.
この祈りを唱えると、40日間の贖宥が与えられる。 ブールジュ大司教 C. A.
C. A. のイニシアルは、ブールジュ大司教ド・ラ・トゥール・ドヴェルニュ=ロラゲ師 (Msgr. Charles-Amable de la
Tour d'Auvergne-Lauragais) の署名です。
師がブールジュ大司教を務めたのは 1861年から 1879年までの期間ですから、
このカニヴェの製作年代は、ノートル=ダム・デ・ザンファンの信心会がラルシコンフレリ(l'archiconfrerie 大信心会)に昇格した 1870年から、1879年までであることがわかります。
本品は19世紀のフランスで製作された数々のカニヴェのなかでも、聖画の出来栄え、レース状部分の繊細さとも、とりわけ優れた作例のひとつです。
およそ140年前に製作されたものですが、それほどまでに古いとは俄かに信じがたいほど綺麗な保存状態です。
このように繊細な紙製品が完品に近い状態で現在まで保存されていたのは、まったく驚くべきことです。
ちなみにこのカニヴェが製作された1870年代は、わが国で言うと、1867年の浦上四番崩れの後、
明治政府によってキリシタンが配流され、非人間的な処遇と苛烈な拷問により日々棄教を迫られていた「旅」の時代、およびそれに続く苦難が始まる時代にあたります。
当時のキリシタンの子供たちを思うとき、私の心は震え、涙があふれます。
大人はまだ良いのです。自らの意思で信仰を選び、殉教を恐れず、身の毛もよだつ拷問にも屈せず、飢えと寒さ、苦痛と恐怖に、揺るぎない信仰を以って敢然と立ち向かった姿は立派です。
しかし年端のゆかない子供たちはどうでしょうか。
たくさんの幼子たちが、大人の世界の争いと対立に抗(あらがい)いようも無く巻き込まれ、理由も理解できないまま、国家権力からの暴力と世間の悪意に曝(さら)されて、
大人が感じる何十倍もの恐怖と苦痛を、小さな体と感じやすい心で、有無を言わさず味わわされたのです。
大人もそうですが、ましてや幼い子供たちが、心身ともにどうやって生き延びたのか不思議です。
死者を羨(うらや)むような「旅」が六年間続き、それがやっと終わっても、掠奪され荒らされて何一つ残らない故郷で、周辺住民の悪意と蔑みの中に生きなければならなかったのですから。
明治6年(1873年)になって明治政府がようやくキリシタン禁制の高札を取り下げ、キリシタン家庭の子供たちが迫害を生き延びて育ち得たのも、
遠く離れた日本の子供たちを憐れんだ聖母、ノートル=ダム・デ・ザンファンによる働きかけがあったのかもしれません。
カニヴェの価格 28,800円
販売終了 SOLD
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