ロバンの原画に基づく細密グラヴュール 「聖心の聖母 『神の母』に次ぐ美しき御名」 1867年6月29日 ピウス9世による免償 (ドプテ 図版番号不明)


113 x 71 mm

フランス  1867年頃



 1867年頃のフランスで制作された美麗なカニヴェ。カニヴェの表(おもて)面には、プロの版画家が腕を振るった非常に細密なインタリオにより、聖母子像「ノートル=ダム・デュ・サクレ=クール」が大きく描かれています。大きく描かれている、と言っても、切紙細工を除く聖画部分は名刺とほぼ同じサイズで、聖母子の顔は直径三ないし四ミリメートルしかありません。本品の切り紙細工は「愛」と「信仰」をテーマに制作され、完品に近い保存状態です。裏面には「ノートル=ダム・デュ・サクレ=クール」に捧げる三種類の祈りが記されています。





 カニヴェの表(おもて)面には、小さなカドリロブ(四つ葉型)と十字架の連続模様を背景に、マンドルラ型の光背を有する聖母子像「ノートル=ダム・デュ・サクレ=クール」(Notre-Dame du Sacré-Cœur フランス語で「聖心の聖母」の意)を描きます。この聖母子像はイスダンの「聖心の聖母のバシリカ」内部正面に安置されている像、及び像の背景となっている内陣のステンドグラスに描かれている像を写しています。


 古い絵葉書より


 聖母子像「ノートル=ダム・デュ・サクレ=クール」はジュール・シュヴァリエ神父 (R. P. Jules Chevalier, 1824 - 1907) による意匠に基づきます。聖母の前に立つ幼子イエスは、あまりにも強い愛ゆえに炎を噴き上げて燃える聖心を左手で示しつつ、右手を挙げて人々を祝福しています。イエスの後ろに立つ聖母は蛇を踏み付けて広げた両腕を斜め下に向け、イエスのもとに罪びとを招いています。聖母のマントはとても大きく、聖心の聖母がすべての罪びとをかばい給う「マドンナ・デッラ・ミゼリコルディア」(madonna della misericordia イタリア語で「憐れみの聖母」)であることを示しています。聖母は若々しい姿ですが、その静かな表情には、神とイエスに対する愛とともに、イエスにやがて訪れる受難ゆえの悲しみが宿っているように見えます。





 聖母子の光背「マンドルラ」(伊 mandorla 仏 mandorle)は、もともとイタリア語でアーモンドのことですが、美術史においては紡錘形の光背を指してこのように呼んでいます。マンドルラの外側にはフランス語で次の言葉が刻まれています。

  CE TITRE DE NOTRE-DAME DU SACRÉ CŒUR EST, APRÈS CELUI DE MÈRE DE DIEU, LE PLUS BEAU QUE L'AMOUR ET LA FOI PUISSENT DONNER À MARIE

  「ノートル=ダム・デュ・サクレ=クール」(聖心の聖母)というこの称号は、「神の母」という称号に次いで、愛と信仰がマリアに与えうる最も美しき称号である。


 マンドルラの最下部には画家の署名が刻まれています。"Lobin delt" は "Lobin delineavit" の略記です。"delineavit"(デーリーネアーウィット)は、「線で描く」という意味のラテン語の動詞 "delineo"(デーリーネオー)の変化形のひとつ(直説法能動相完了三人称単数形)で、「描いた」という意味です。すなわち "Lobin delt" は「ロバンが描いた」という意味です。





 本品の聖画はスティール(鋼)版のインタリオ(intaglio イタリア語で「凹版」)による細密版画です。インタリオにはグラヴュール(エングレーヴィング)オー・フォルト(エッチング)があります。オー・フォルトは金属板を強酸で腐食させて溝を刻む技法であり、人力で溝を刻むグラヴュールに比して制作が格段に楽な反面、精緻さにおいてグラヴュールに劣りますが、カニヴェのようなミニアチュール版画では線の密度が濃いために、オー・フォルトを多用しても十分に細密な仕上がりとなり、全面的にオー・フォルトを用いた作例も多く見られます。しかるに本品はイエスの衣とマリアのマントを中心に、大きな面積にグラヴュールを用いて制作されています。聖母とイエスの肌は、線よりも緻密な 表現が可能なポワンティエ(pointillé スティプリング、点描法)で制作されています。

 上の写真に写っている定規のひと目盛は 1ミリメートルです。聖母の目鼻口はいずれも 1ミリメートルほどの極小サイズですが、一平方ミリメートルあたり最大数十個に及ぶスティプルの深さと密度を調整することによって、生身の聖母を眼前に見るかのような立体性を表現し、伏し目がちなその表情には、愛と信仰に抑えられた悲しみの存在さえも感じさせます。





 幼子イエスの胸には、愛の炎を噴き上げ、まばゆい光を放って聖心が燃えています。聖心は茨の冠に取り巻かれ、脇の槍傷から血を流しています。イエスの表情は、幼い年齢にもかかわらず、愛と威厳にあふれ、唇に微かな微笑みが浮かんでいます。白目と黒目が判別できるのはもちろんのこと、虹彩と瞳孔が描き分けられ、虹彩には光の点までもが表現されていることがわかります。


 聖画の下には次の言葉が彫刻刀で刻まれています。

  NOTRE DAME DU SACRÉ CŒUR, PRIEZ POUR NOUS.  聖心の聖母よ、われらのために祈りたまえ。

  100 jours d'indulgences (Pie IX, 26 Juin 1867)  1867年6月26日 ピオ9世による百日間の免償



 聖画の枠の外はエンボス(型押し)を施した切り紙部分ですが、次の文字を読み取ることができます。

  Chevalier, missionaire du Sacré-Cœur invt. Buland sc.  聖心の宣教師シュヴァリエの意匠により、ビュランが版を彫った。

 「聖心の宣教師シュヴァリエ」とはいうまでもなく、当時まだ若かったジュール・シュヴァリエ師のことです。"invt" は "invenit" の略記です。"invenit"(インウェーニット)は、「案出する」という意味のラテン語の動詞 "invenio"(インウェニオー)の変化形のひとつ(直説法能動相完了三人称単数形)で、「案出した」という意味です。すなわち "Chevalier invt" は「シュヴァリエが(この聖母子像の意匠を)案出した」という意味です。

 ビュラン (Buland) はグラヴール(版画家)の名前です。 "sc" は "sculpsit" の略記です。"sculpsit"(スクルプシット)は、「彫る」という意味のラテン語の動詞 "sculpo"(スクルポー)の変化形のひとつ(直説法能動相完了三人称単数形)で、「彫った」という意味です。すなわち "Buland sc" は「ビュランが(このカニヴェの版画を)彫った」という意味です。







 裏面には聖心の聖母に捧げる三つの祈りがフランス語で書かれています。内容は次の通りです。日本語訳は筆者(広川)によります。

    PRIÈRES TRÈS-EFFICACES
QU'ON ENGAGE À RECITER LE PLUS SOUVENT POSSIBLE
  効あるゆえに、可能な限り唱えるべき祈り
         
     Le Souvenez-Vous à Notre-Dame du Sacré-Cœur   聖心の聖母に捧げる「憶え給え」
     Souvenez-vous, ô Notre-Dame du Sacré Cœur, de la puissance sans bornes que vous avez sur le Cœur de votre adorable Fils. Plein de confiance en vos mérites, je viens implorer votre protection. O souveraine Maîtresse du Cœur de Jésus, de ce Cœur qui est la source intarissable de toutes les grâces et que vous pouvez ouvrir à votre gré pour en faire descendre sur les hommes tous les trésors d'amours et de miséricorde, de lumière et de salut qu'il renferme, accordez-moi, je vous en conjure, la faveur que je sollicite..... Non, je ne puis essuyer de refus, et, puisque vous êtes ma Mère, ô Notre-Dame du Sacré Cœur, accueillez favorablement ma prière et daignez l'exaucer, Ainsi soit-il.
   聖心の聖母よ、憶え給え。崇むべき御子の心に、御身が限りなき力を持ち給うことを。御身の功徳への信頼に満ちたる私は、御身による保護を嘆願しに参ります。イエスの聖心を支配し給う御方、すべての恩寵の枯れることなき泉なる聖心を支配し給ういと高き御方よ。思いのままに御子の聖心を開き、その内にしまわれたる愛と憐れみ、光と救いのあらゆる宝を、人々の上に降(くだ)らせることが、御身にはおできになります。私は懇願いたします。私が求め奉る厚意を許し与え給え。私が願いを拒まれることなどありはしません。御身がわが御母であり給うのですから。聖心の聖母よ。わが祈りを優しく受け容れ給い、聞き入れ給え。アーメン。
         
     Le Sub Tuum de Notre-Dame du Sacré Cœur   聖心の聖母の「御身が庇護の下に」
     Nous recourons à vous comme à notre refuge, ô Notre-Dame du Sacré Cœur. Ne dédaignez pas les prières que nous vous adressons dans nos pressants besoins, mais délivrez-nous en tout temps de tout péril, ô Souveraine Maîtresse du Cœur de Jésus. Ainsi soit-il.
   聖心の聖母よ。我らは御身を避け所とし、御身に頼り奉ります。イエスの聖心を支配し給ういと高き御方よ。危急の要ありて御身に捧げる我らの祈りを退け給わず、常に我らをすべての危険から救い給え。アーメン。
         
     Autre Prière à Notre-Dame du Sacré Cœur    聖心の聖母に捧げる別の祈り
     Notre-Dame du Sacré Cœur, vous qui avez été choisie de Dieu pour former dans votre sein et de votre plus pure substance le Cœur adorable de Jésus, conduisez-nous vous-même à ce Cœur sacré dont vous êtes la Maîtresse et la Reine. Ouvrez au monde les trésors d'amours et de miséricorde qu'il renferme, et faites que nous puisions tous à cette source de toutes les grâces, la conversion, la ferveur et le salut. Amen, amen.    聖心の聖母よ。神に選ばれ、イエスの崇むべき聖心を、その胎において、いとも清らかなるその身より創り給うた御方よ。イエスの聖心へと、御身自らが我らを導き給え。御身はイエスの聖心の支配者にして女王なれば。聖心のうちにある愛と憐れみの宝を世に向けて開き、あらゆる恩寵、回心、篤き信仰、救いが湧き出すこのにて、我らがすべてを汲み取れるようにしてください。アーメン、アーメン。
         
    AD MAJOREM DEI ET SANCTI CORDIS JESU GLORIAM   神とイエスの聖心に、栄光が増し加わらんことを。


 「憶え給え」(MEMORARE, Souvenez-vous)「御身が庇護の下に」(SUB TUUM PRÆSIDIUM, Sous l'abri de ta miséricorde) は、いずれもカトリック信徒に良く知られた聖母への祈りです。ここでは伝統的な祈りの内容を思い起こさせつつ、新しい祈りを書き記しています。





 カニヴェは繊細で美しいレース状の切り紙細工を特徴とします。多くの作例において、切り紙細工は単なる装飾ではなく、そのカニヴェに描かれた聖画や、裏面に記された祈りと、内的連関を有する意匠となっています。このカニヴェは「聖母の愛と信仰」「聖心への執り成し手である聖母」をテーマに制作されていますので、切り紙細工の四か所、時計で言えば十二時と六時、及び九時と三時の位置に、このテーマにふさわしい意匠が造形されています。

 すなわち十二時と六時に関して見ると、十二時の位置には「イエースース」(Ἰησοῦς ギリシア語で「イエス」)を表す「イオタ・エータ・シグマ」(JHS) と十字架のモノグラム(組み合わせ文字)、六時の位置には「アウスピケ・マリアエ」(AUSPICE MARIAE ラテン語で「マリアの庇護の下に」)を表す「アー・エム」(AM) のモノグラムが、それぞれ切り出されています。九時と三時に関して見ると、九時の位置にはイエスの聖心が、三時の位置には聖母の聖心(汚れなき御心)が、それぞれ切り出されています。


 本品はおよそ百五十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にかかわらず、あたかも新品のような保存状態です。保存状態よりも大切なのは芸術品としての完成度ですが、手作業によるインタリオで制作した本品の聖画は、19世紀フランスのミニアチュール版画ならではの見事な出来栄えです。このように繊細なグラヴュールは、次の世紀になると姿を消し、制作されなくなります。





 本品は別料金にて額装を承ります。上の額装サンプルでは、ベルベット張りマットを使用しています。 左の額は樹脂製で、サイズは縦 20.5センチメートル、横 15.5センチメートル、厚さ 2.5センチメートル、ベルベット張りマットを含む価格は 6,800円です。右の額はイタリアからの輸入部材を使った木製で、サイズは縦 20センチメートル、横 15センチメートル、厚さ 2センチメートル、ベルベット張りマットを含む価格は 9,450円です。いずれの額も自立式ですが、ご希望により壁掛け式の金具を無料で取り付けいたします。他の額、他の色のベルベットをご用意することも可能です。遠慮なく何なりとご相談くださいませ。





カニヴェの価格 25,800円 (税込・額装別)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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