聖ジュヌヴィエーヴよ、われらの家族と家庭、フランスと教会を守りたまえ (ヴーヴ・D・ソディノ 図版番号 1033)

Grande Sainte Geneviève, protégez nos familles, nos maisons, notre Pays et l'Eglise, Veuve D. Saudinos


120 x 78 mm

フランス  1880年代



 今日では考えられないほど細密なオー・フォルト(エッチング)によるパリとフランスの守護聖女、聖ジュヌヴィエーヴカニヴェ。普仏戦争(1870 - 1871年)とパリ・コミューン(1871年)のあと、信仰が復興したフランスで制作されたものです。





 カニヴェ表(おもて)面は、聖ジュヌヴィエーヴの聖画を半円アーチの画面内に描きます。半円アーチの頂部には王冠を戴いた盾に帆船を描いていますが、これはパリ市の紋章で、中世の水運業組合の印章に由来します。


 パリ市章


 下の写真は本品を近接撮影したもので、実物の面積を50倍に拡大しています。定規のひと目盛は1ミリメートルです。最上部に刻まれているのがパリ市章です。





 意外に思われるかもしれませんが、パリは港町であり、マルセイユ、ル・アーブルに次ぐフランス第三の商港です。セーヌをさかのぼればブルゴーニュ、下ればノルマンディーを抜けてル・アーブルに出ます。パリはその紋章が示すようにセーヌの水運業とともに発展し、セーヌによって生きてきた都市なのです。

 464年にシルデリク (Childeric I, c. 440 - c. 481) がパリを攻囲して市中に食料がなくなったとき、聖ジュヌヴィエーヴはセーヌに浮かべた船を使って、トロワからパリに穀物を運び込みました。下図の左側はこの故事を描いたもので、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ (Pierre Cécile Puvis de Chavannes, 1824 - 1898) がパンテオンに描いた作品です。


(下) Puvis de Chavannes, "Ste. Geneviève ravitaillant Paris", "Ste. Geneviève veillant sur Paris endormi", 1893 - 98, huile sur toile, Panthéon, Paris




 パリ市章の下、聖画の上半分には、羊飼い姿の聖ジュヌヴィエーヴが描かれています。聖女はメダイを首に掛けていますが、これはオセールの聖ジェルマン (St. Germain d'Auxerre, c. 380 - 448) が 429年にナンテールに立ち寄った際、少女ジュヌヴィエーヴに与えたものです。聖女の足許には、牧杖と聖書あるいは祈祷書が、重なるように置かれています。画面右端には水飲み場が見えており、聖ジュヌヴィエーヴに導かれて来た羊たちが渇いた喉をうるおしています。





 羊飼いとしての表現は、少女時代の聖ジュヌヴィエーヴが羊飼いの仕事をしていた史実に基づくと同時に、聖女が象徴的な意味でも羊飼いであることを表しています。すなわち、聖ジュヌヴィエーヴは優れた霊性を以って市民と修道会を指導しましたし、死後には天上の聖徒として信徒たちの魂を守って執り成し、範と仰がれるべき聖女として神へと導いています。したがって、聖ジュヌヴィエーヴを羊飼いとして描いたこの図像は、聖女がその生前と同様に、死後においても、信徒の魂を導く善き羊飼いであり続けることを表しています。羊はキリスト教徒の魂の象徴であり、羊の飲み水は、ヨハネによる福音書四章にある「生きた水」(τὸ ὕδωρ τὸ ζῶν, AQUA VIVA)、「永遠の命に至る水」(τὸ ὕδωρ ἁλλομένον εἰς ζωὴν αἰώνιον, AQUA SALIENS IN VITAM AETERNAM) です。「ヨハネによる福音書」四章六節から十五節を、新共同訳により引用します。

    6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。
7 サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。
8 弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。
9 すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」 と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。
10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』 と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」
11 女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。
12 あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」
13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
14 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内でとなり、永遠の命に至る水がわき出る。」
15 女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」




(上) Il Guercino, Jesus and the Samaritan Woman at the Well, 1640 - 41, oil on canvas, 116 x 156 cm, Museo Thyssen-Bornemisza, Madrid

(下) イル・グエルチーノの作品に基づく1860年代のスティール・エングレーヴィング。当店の商品です。




 聖ジュヌヴィエーヴの足許に、牧杖と聖書あるいは祈祷書が重なり合って置かれているのは、聖女が神の教えを自らと信徒たちの導きとしたことを表しています。羊飼いは牧杖で狼や盗賊から自分と羊たちを守り、また険しい道を歩む際の支えとします。それと同様に、聖女は神の教えを自らの支えとし、悪から身を守り、信徒たちの魂を導くのです。

 半円アーチに囲まれたカニヴェ表(おもて)面の聖画は、左右に螺旋階段を備えた内陣仕切りによって、上下に二分されています。これはパリ、ラ・モンターニュ・サント=ジュヌヴィエーヴ(la montagne Sainte-Geneviève 聖ジュヌヴィエーヴの丘)の、パンテオンにほど近い場所にある聖堂、サン=テティエンヌ=デュ=モン (L'église Saint-Étienne-du-Mont) の内陣仕切りを図案化したものです。





 内陣仕切り(フランス語で「ジュベ jubé」、イタリア語で「トラメッツォ tramezzo」)とは、内陣と身廊を区切る構造物ですが、トリエント公会議(1545 - 63年)後にほとんどが取り壊されました。サン=テティエンヌ=デュ=モンの内陣仕切りはパリ市内に残る唯一の作例で、彫刻家ピエール・ビアール (Pierre Ier Biard, 1559 - 1609) による作品です。


(下) サン=テティエンヌ=デュ=モン (L'église Saint-Étienne-du-Mont) の内陣仕切り




 サン=テティエンヌ=デュ=モンは聖ジュヌヴィエーヴの墓所であったことで知られ、身廊南東部の礼拝堂には、豪華な装飾を施した聖遺物入れ(石棺)が今も残っています。この聖遺物入れは、カニヴェ表(おもて)面の左下部分に描かれています。しかしながら聖女の遺体そのものは、フランス革命時の1793年にグレーヴ広場で焼却され、現在では指の骨一個が残るだけです。カニヴェ中央部には、聖女の指の骨を安置する聖遺物入れが描かれ、純潔を象徴する二本の百合が添えられています。

 聖画下半分の中央には、聖女の立像が彫られています。聖女の足許に寄り添う羊がずいぶん小さく描かれていますが、これは聖女を羊に比べて大きく描くことにより、聖女が備えた卓越した聖性と徳を視覚的に表現する工夫です。





 聖画下半分の右側には、輿のように担がれて町なかを行進する聖女の棺の周囲に、大勢の人々が詰めかけている様子が描かれています。手前のふたりは病気で倒れ伏していましたが、聖女の遺体が通過する際に奇蹟的に癒され、立ち上がろうとしています。この小さな絵は 1129年、パリで聖ジュヌヴィエーヴの行列が行われた際の出来事を描いたもので、画面の下に「ミラクル・デ・ザルダン」(miracles des ardents フランス語で「麦角病(ばっかくびょう)の奇蹟」)との文字が彫り込まれています。

 12世紀のフランスでは麦角病がたびたび流行しました。これは小麦、大麦、ライ麦などの穀物に寄生する麦角菌による食中毒ですが、死にいたる重篤な症状を惹き起こすことも多くあり、中世ヨーロッパではたいへん恐れられていました。1129年、パリ司教エチエンヌの提案によって、聖ジュヌヴィエーヴの聖遺物(遺体)を運ぶ行列がサン=テティエンヌ=デュ=モンからノートル・ダム・ド・パリまでの市中を歩いた際、聖女の棺を見たりこれに触れたりした1万4千人もの市民が癒されたと伝えられます。翌1130年、ローマ教皇インノケンティウス2世はパリを訪れて、これが真正の奇跡であることを確かめ、後世に伝えるために毎年11月26日に祭礼を行うことを命じました。

 カニヴェ表(おもて)面の最下部には、版元名と所在地が刻まれています。

  Veuve D. Saudinos, Editeur, 6, St.-Sulpice  ヴーヴ・D・ソディノ サン・シュルピス広場 6番地





 本品の版画技法について見れば、聖画全体が非常に細かいオー・フォルト(エッチング)で制作されています。カニヴェは画面が小さく、至近距離で鑑賞される聖画であるために、カニヴェの版画はいずれの技法による場合でも非常に細密です。本品も例外ではなく、グラヴュール(エングレーヴィング)に引けを取らない繊細さには、目を見張らせるものがあります。上の画像は実物を数十倍の面積に拡大してあります。定規のひと目盛は1ミリメートルです。





 さらに拡大します。上の画像は実物を百数十倍から二百倍以上の面積に拡大してあります。定規のひと目盛は1ミリメートルです。インタリオの線は1ミリメートルあたり六本前後、スティプル(点描)は1ミリメートル四方に二十ないし三十個を数えることができます。





 さらに拡大します。上の画像は実物を約四百倍ないし六百倍の面積に拡大してあります。拡大倍率はモニタの設定によって異なります。

 聖女の顔の造作は概(おおむ)ね 2ミリメートル四方の範囲に収まる小さなサイズですが、非の打ちどころない美しく整った顔立ちに仕上げられています。直径 0.3ミリメ-トルの黒目のなかに虹彩と瞳を描き分け、明るい色の虹彩に光を反射させています。幅0.5ミリメ-トルの唇はふっくらと柔らかい丸みを帯び、形が美しく整っています。髪は一本一本流れるように描き分けられ、眼、鼻、口の周辺にできた陰翳の自然さも、大きなサイズの絵に引けを取りません。





 上に示すのは聖画の下半分で、実物の面積を百倍近くに拡大しています。中央の聖女像は、直径1ミリメートル余りの範囲内に整った顔立ちが彫られています。神を忘れないように、と聖ジェルマンから贈られたメダイを首に掛けた聖ジュヌヴィエーヴは、胸に手を当て、眼差しを天に向けて祈っています。

 極小のミニアチュール版画にかかわらず、驚嘆すべき彫刻家の技術により、聖女のヴェールや衣の襞、手の形などのあらゆる細部が、正確な比率と自然な形態で巧みに表現されています。





 切り紙細工と型押しについて見るならば、本品は類品と比べても非常に細かい細工が特徴です。下の写真はカニヴェの左上部分で、実物を数十倍から百倍の面積に拡大してあります。定規のひと目盛は1ミリメートルです。





 裏面には祈りの言葉がフランス語で書かれています。内容は次の通りです。


    Prière à Sainte-Geneviève.   聖ジュヌヴィエーヴへの祈り
       
     Grande Sainte-Geneviève, nous nous mettons sous votre protection, nos pères vous ont appelée la Patronne de Paris et de la France; c'est sous ce titre que nous vous invoquons.    聖性優れたるジュヌヴィエーヴよ、私たちを御身の保護に委ねます。私たちの父祖は御身をパリとフランスの守護聖人と呼びました。私たちはこの名によって御身に祈りを捧げます。
    Protégez nos familles , nos maisons, notre Pays, la France, et l'Eglise entière.   私たちの家族を、家庭を、祖国フランスを、教会全体をお守りください。
    Détournez de nous les malheurs qui nous menacent; obtenez-nous par vos prières une vie tranquille et chretienne, une mort salutaire et la grâce du paradis.   私たちを脅かす災厄を遠ざけてください。御身の祈りによって、平安なるキリスト者の生活と、救いに至る死と、天国の恩寵を私たちに与えてください。
    Ainsi soit-il.   アーメン。
     
    Sainte Geneviève, patronne de Paris et de la France, priez pour nous. (Trois fois)    パリとフランスの守護聖人、聖ジュヌヴィエーヴよ、われらのために祈りたまえ。(三回繰り返す)
       
    Le Curé de Saint-Etienne-du-Mont,
L'abbé PERDREAU
  サン=テティエンヌ=デュ=モン教会主任司祭
ペルドロー神父
       
    Veuve D. Saudinos, 6, place St-Sulpice   ヴーヴ・D・ソディノ サン・シュルピス広場 6番地



 本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代に関わらず、極めて良好な保存状態です。インタリオによる聖画、周囲の切り紙細工とも特筆すべき問題は無く、稀少な完品です。エンボスを伴う切り紙細工、オー・フォルトによる聖画とも見事ですが、カニヴェが製作された1880年代におけるフランス社会の精神状況を色濃く反映している点でも、貴重な聖品といえます。





カニヴェのみの価格 25,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。別料金にて額装も承ります。






下の写真の額は、国内で手作りした木製の一点もので、葉書サイズ(開口部が 14 x 10 cm)です。ベルベットの色はご指定いただけます。価格は 14,700円(額、ベルベット、工賃、税込み)です。




(上) モニタの解像度にもよりますが、ほぼ実物大(開口部のサイズ 14 x 10 cm)です。







同価格の他の額もお選びいただけます。











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