台紙に糸で留めたリジューの聖テレーズ(テレジア)の聖遺物を、聖女の肖像写真とともに収納した携帯用ルリケール。良質の革で作った見開き型のルリケールは、聖女に執り成しを願うための祈祷書を模(かたど)っています。
ルリケールの色調は明るい茶色で、薄くて柔らかいモロッコ革(モロッコ産の山羊革)でできており、アンティーク高級家具や高価な革装本と同様の風合いを有します。ルリケールは丁寧な作りで、リジューのカルメル会修道院にて型押しと金箔を施し、ひとつひとつ手作りされています。裏表紙には金箔押しのモノグラム(組み合わせ文字)があり、表紙には聖テレジアによる次の言葉が記されています。
Je veux passer mon ciel à faire du bien sur la terre. 私は地上に善を為すために天での時を過ごしましょう。
ルリケールを開くと楕円形の窓がふたつあり、右側のポケットには聖女の写真が収められています。写真はゼラチン・シルバー・プリントで、一度破損していますが、きちんと補修されています。左側のポケットには台紙に糸で括りつけた聖遺物が収められています。聖遺物の台紙には、次の言葉がフランス語で記されています。
Bois du 2e Cercueil de Ste Thérèse de l'Enfant-Jésus 幼きイエスの聖テレジア 第二の棺から採った木片
キリスト教では、古代以来、殉教者や有徳の聖者の遺体を聖遺物として崇敬してきました。聖者を埋葬した墓所の土も聖遺物と看做されましたが、それは遺体が分解して土に浸透したゆえに、墓所の土が聖人の遺体に準ずる物と看做されたからです。また聖人の身に触れ、あるいは身近にあった物もまた、聖人の徳がいわば乗り移った物と考えられ、「聖遺物」と看做されました。リジューのテレーズの場合、生前に使った修道衣やシーツ、枕から採った布片、死後に遺体に触れさせた布片が、聖遺物として広く頒布されています。
リジューのテレーズは生前からその聖性を慕われ、1897年に亡くなった直後から、大勢の巡礼者が墓所を訪れました。リジューのテレーズの遺体は、列福、列聖に向けて二度の開棺調査が行われ、腐敗していないことが確認されましたから、遺体が分解して土に浸み込むことは無かったわけですが、巡礼に訪れた人々は、墓所の土や墓所に咲く花を、聖女の遺体のそばにあった聖遺物として大切に持ち帰りました。
(上・参考写真) 幼きイエスの聖テレジア 「最初の棺の下から集めた土」 35 x 25 mm 当店の商品です。
上の写真は第一回目の開棺調査が行われた際に棺の下から採取された土です。第一回目の発掘・開棺調査が行われたのは 1910年9月6日で、この時点でテレーズは列聖も列福もされていませんが、修道会によって土が採取されていることから、テレーズの徳が如何に慕われていたかがわかります。土を入れた紙包みはカルメル会の紋章の付いた紙で封緘(ふうかん)されています。
上の写真の土が採取された第一回目の開棺調査後、テレーズの遺体は別の墓に移葬されましたが、1917年8月10日には第二回目の発掘・開棺調査が行われました。このときテレーズの遺体は二人の医師による状態確認後にシェーヌの棺に移し替えられ、シェーヌの棺ごと、鉛板を張った紫檀の棺に納められました。ローマで列福される三日前の 1923年3月26日、テレーズの遺体は再び棺から取り出されてリジューのカルメル会礼拝堂に運ばれ、銀の棺に移された後、その棺ごと紫檀の棺に納められました。
本品において糸で台紙に括り付けられている木片は、1917年8月10日から 1923年3月26日までおよそ五年半のあいだ、聖女の遺体が納められていたシェーヌの棺から採られたものです。
聖遺物のなかでも、特に数が限られている物があります。たとえば聖人が実際に使っていた品物は、聖人の没後に数が増えることはありません。本品「第二の棺の木片」も、数が限られた聖遺物です。数が限られた聖遺物は、聖人が没してから長い年月が経つと払底して、頒布することができなくなります。いっぽう木片を留めた台紙には「サント・テレーズ」(Ste
Thérèse 聖テレジア)と表記されています。したがってこのルリケールが制作された年代は、テレーズが列聖された1925年から1930年頃までと考えて間違い無いでしょう。
木片を留めた糸を封緘する証紙は、背面の布に固着して台紙から剥がれています。しかしながら木片は糸で固定されたまま台紙から外れておらず、問題はありません。
本品はおよそ九十年前、テレーズが列聖された頃に制作された真正のアンティーク品です。古い年代ゆえルリケールの革に傷みがあり、写真、及び革の裏側に張られていた布に破損が見られます。しかしながら貴重な聖遺物「幼きイエスの聖テレジア 第二の棺から採った木片」はルリケールにしっかりと守られて、全く傷んでいません。
筆者はテレーズの聖遺物をこれまでに数多く目にしてきましたが、ほとんどは聖女の遺体に触れさせた布片か、棺に触れた土でした。棺そのものの破片を手にするのは初めてで、手元に置いておきたいとさえ思います。大切にしてくださる方にお譲りいたします。