ゾディアック Zodiac 大きめサイズのスイス製金無垢時計 1952年頃

"Zodiac" in solid 14K yellow gold case, Zodiac cal. 514 (ETA cal. 1201), 17 jewels, circa 1952



 十九世紀中頃の西ヨーロッパは日本趣味に熱狂し、やがて日本美術から大きな影響を受けた「アール・ヌーヴォー」様式を生み出します。アール・ヌーヴォー様式は嫋(たお)やかで優美な植物的曲線による左右非対称の意匠を特徴とし、花や草木、きのこ、昆虫、魚などのモティーフを愛好しました。アール・ヌーヴォー様式は 1880年代頃から二十世紀初めまでのヨーロッパを席捲し、懐中時計やクロックのケースに典雅なデザインを残しました。

 時計の世界では、十九世紀末から二十世紀初頭頃に女性たちが懐中時計を手首に装着し、腕時計として使い始めました。コンヴァーティブル・ウォッチの誕生です。女性たちのコンヴァーティブル・ウォッチは懐中時計と腕時計の両様に使うことができましたが、1910年代半ばころになると女性が懐中時計を使うことが少なくなってゆき、男性よりも先に、女性たちの間で、本格的な腕時計の時代が始まりました。

 この頃の美術工芸は、アール・ヌーヴォーからアール・デコの時代に変わっていました。曲線のみで構成されるアール・ヌーヴォーとは対照的に、アール・デコは直線を多用した幾何学的意匠を特徴とします。新たに誕生した腕時計は、このアール・デコ様式に従ってデザインされました。アール・デコの全盛期は 1940年頃までですが、時計の世界では 1950年代に入ってからもアール・デコ様式のデザインが主流を占めました。





 本品はアール・デコ様式に基づいて制作された女性用金無垢時計です。「金無垢(きんむく)時計」とは、ケース(時計の外側)がめっきではなく金でできている時計のことで、時計の中で最も高級な品物になります。本品の裏蓋には "1952" の年号が刻まれており、第二次世界大戦後に繁栄を極めたゴールデン・エイジ(黄金時代)のアメリカを髣髴させる品物です。





 二十世紀半ばの女性用時計は非常に小さなサイズです。本品も現代のほとんどの時計よりもずっと小さいですが、女性用アンティーク時計のなかではムーヴメントが比較的大きく、また幅広で大きなラグ(バンドを取り付けるための突起)を有するせいで、この時代の女性用時計としては大きめのサイズに仕上がっています。上の写真は本品を店主(男性)の手に載せて撮影しています。女性が実物をご覧になると、もう少し大きく感じられます。

 ラグを含み竜頭(りゅうず)を除く本品のサイズは、縦 33ミリメートル、横 14.5ミリメートル、最大の厚さは 13ミリメートルです。撮影に使用した革バンドの幅は、時計に取り付ける部分で測ると 11ミリメートルです。





 本品を横から見ると、ベゼル、ラグ、ガラスがすべてカマボコ形に盛り上がっています。カマボコ形に盛り上がったドーム状の造形は、アール・デコ様式の時計に特有のデザインで、現代の製品には見られません。





 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは、ライト・シルバー(明るい銀色)を背景に、四か所がアラビア数字、八か所が小さな円の「立体インデックス」となっています。四か所にアラビア数字、八か所に幾何学模様を用いたインデックスは、1940年代後半から 1950年代に製作された時計の特徴です。

 本品の文字盤は再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、時計が製作された当時のオリジナルです。軽い変色や微細なキズが数か所にありますが、六十年以上も前の品物であることを考えれば、十分すぎるほど綺麗な保存状態といえます。商品写真は実物の面積を十数倍に拡大しているので、肉眼は気づかないような瑕疵(かし 欠点)がよく見えますが、実物は写真で見るよりもはるかに綺麗ですのでご安心ください。





 この時代の女性用時計、特に本品のような金無垢時計はドレス・ウォッチとして作られていますので、秒針はありません。現代の時計には当たり前のように秒針が付いていますが、秒針は本来ストップ・ウォッチの代用であり、作業時間の測定に使うものです。

 短針と長針は金色の「リーフ型」です。時計の針にはさまざまな型がありますが、リーフ型は最も優雅なもののひとつであり、金無垢ドレス・ウォッチである本品によく似合っています。







 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 本品のケースは 14カラットのイエロー・ゴールドでできており、ケース側面及び裏蓋の裏面に「栗鼠(りす)」のホールマークがあります。「ホールマーク」とは貴金属検質所が純度を証明するために刻印するマークのことです。「栗鼠」はスイスにおける「14カラット・ゴールド(十四金)」のホールマークです。





 本品のように、めっきではない金製のケースを持つ時計を「金無垢(きんむく)時計」といいます。金無垢時計は簡単にいえば「金の時計」ですが、純金製ではありません。純金(純度百パーセントの金)は軟らかすぎるため、時計やジュエリーには使えないのです。金無垢時計やジュエリーの金は、実用的な強度を確保するために他の金属との合金とし、わざと純度を落としてあります。本品に使われている金は14カラット・イエロー・ゴールド(十四金)で、純金の「二十四分の十四」(58.5パーセント)に相当する純度の、金、銀、銅の合金です。時計ケースの素材として最も重要なのは強度です。わが国でよく見かける 18カラット・ゴールド(十八金)は人間の手の力で容易に変形してしまうほど軟らかいですが、14カラット・ゴールドは 18カラット・ゴールドほど容易には変形せず、実用的な硬さを有し、ムーヴメントをしっかりと保護します。

 上の写真は裏蓋の裏面で、「ゾディアック時計株式会社」「スイス、ル・ロックル」の文字と、十四金のホールマークを確認することができます。金槌の頭を模(かたど)った枠内に "140" とあるのは、スイス国内でこのケースを作ったメーカーを示します。





 本品に限らずアンティーク時計一般に言えることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じです。上の写真は幅 11ミリメートルの黒い革バンドを取り付けて撮影していますが、サイズや好みに合わせて他のバンドと交換することができます。





 上の写真では、時計本体と同時代に作られたラインストーン付きの華やかなバンドを取り付けています。このバンドの幅はおよそ七ミリメートルで、この時代の女性用時計バンドとしてはかなり幅広です。時計「ゾディアック」を取り付けると、全長(手首周りの長さ)は約 17 - 18センチメートルになります。





 このラインストーン付きバンドは当店の商品ですが、革バンドに替わってこちらを希望される場合、無料で取り替えいたします。ただしこのラインストーン付きバンドは一点しか在庫しておらず、珍しい品物であるゆえに再入荷もできません。お申込みの時点で販売済みとなっている場合は、他のセンター・ラグ式(バンドを取り付ける突起が、十二時側と六時側にひとつづつ突出した方式)バンドからお選びいただくことになります。当店には留め金式バンド、伸縮式バンド、コード・バンドなど、アンティーク時計用のバンドが数多く揃っておりますので、お客様のお好みとサイズに合うバンドをご用意できます。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。1950年代の時計は現代のような電池式(クォーツ式)ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された 1952年にはクォーツ式腕時計はまだ発明されていませんでした。

 本品のようにぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「九」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。

 上の写真は本品のムーヴメント、「ゾディアック キャリバー 514」です。赤く写っているのがルビーで、五個しか入っていないように見えますが、この写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で十七個のルビ-が使われています。本品のムーヴメントには「セヴンティーン・ジュエルズ」(17 JEWELS 十七石)、「スイス」(SWISS, FABRIQUÉ EN SUISSE スイス製)、「ゾディアック時計株式会社」(ZODIAC WATCH COMPANY LIMITED)等の刻印が読み取れます。十七個のルビーを使った時計は「ハイ・ジュエル・ウォッチ」と呼ばれる高級品です。


 上の写真で右下の隅近くに "KXF" と刻印されているのは、ゾディアック社に割り当てられた「アメリカ合衆国時計輸入コード」です。この刻印はこのムーヴメントがスイスからアメリカに輸出されたものであることを示しています。またケース裏蓋裏面の写真によって既に示したように、本品はムーヴメントだけでなく、ケースも含めた時計全体がスイス製です。

 アメリカ合衆国政府はスイスから輸入される完成品の時計に高率の関税を掛けていましたので、スイス時計をアメリカに輸入する場合は、「エボーシュ」と呼ばれるムーヴメントの半完成品をスイスから買い、アメリカ国内で作ったケースに入れることで、高い関税を回避するのが普通でした。しかしながら本品はケースもスイスで作られており、完成品としてアメリカ合衆国に輸入されたことがわかります。1952年当時の本品は、関税を別にしても初任給のおよそ半年分の価格でした。これに関税を乗せて現在の貨幣価値に換算すれば、百万円を超えたでしょう。本品はもともと高価な時計が高率の関税によってさらに高価になっても気にしないような、富裕な顧客向けの高級品であったことがわかります。





 1941年12月8日、日本が真珠湾を攻撃して日米が開戦すると、合衆国政府はアメリカ国内に工場を持つ時計会社に命じ、全力を挙げて軍用時計を生産させました。日米間の総力戦はすべてのアメリカ国民に仕事をもたらし、高価格品である時計への需要がにわかに高まりました。特に初めて安定した月給を貰って購買力を得た女性たちは、ハイ・ジュエルの高級時計を求めました。ところが国内で時計を作っていたアメリカの時計会社、すなわちエルジン、ハミルトン、ウォルサムはいずれも軍用時計の生産に全力を傾注していたため、民生用時計の需要に応えることができませんでした。

 スイスは四方を枢軸国に囲まれながらも辛うじて中立を保っていました。ヒトラーはスイス侵攻の計画を立てていましたが、これは実現しませんでした。アメリカで時計の需要が高まっているにもかかわらず、アメリカ国内の時計会社が民生用の時計を全く生産できずにいる状況に大きな商機を見たスイス時計各社は、大量の時計をアメリカ向けに輸出し、アメリカ国内に地歩を築きました。

 1945年8月15日、日本が無条件降伏して太平洋戦争は終結しましたが、アメリカの時計各社が工場設備を改めて平時の体制に戻るには時間がかかりました。また軍用時計の生産に専念している間に、市場はスイス時計にすっかり奪われていました。これが遠因となってエルジン、ウォルサム、ハミルトンの国内工場は操業停止に追い込まれ、エルジンとウォルサムは会社そのものが倒産・消滅してしまいました。ハミルトンは1950年代頃からスイス製ムーヴメントの使用を開始し、1969年以降は自社製ムーヴメントの製作を中止して、スイス製ムーヴメントのみを使うようになりました。


 本品は第二次世界大戦の七年後、1952年頃にアメリカ合衆国に輸入されたスイス時計です。戦争で荒廃したヨーロッパと違い、国土が戦災に遭わなかったアメリカ合衆国は、1950年代に入ると空前の繁栄を極めました。本品の大きな金無垢ケースは、まさに黄金時代を迎えたアメリカの豊かさを偲ばせるとともに、間もなくアメリカの時計各社を見舞うことになる運命をも象徴しています。





 上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨に載せて撮影しています。「ゾディアック キャリバー 514」のサイズは 19.2 x 12.8ミリメートルで、長辺の長さは一円硬貨の直径(20ミリメートル)とほぼ同じです。

 「ゾディアック キャリバー 514」は「ETA キャリバー 1201」と同じ機械です。上の写真では機械の右端に "1201" の刻印が写っています。「ETA キャリバー 1201」の機械の振動数は毎時一万八千振動 (f = 18000 A/h)、パワー・リザーヴは四十三時間です。六十年以上前に作られたこの小さな機械は、機械の右寄りに見えている大きな環状の部品(天符 てんぷ)を一時間あたり一万八千回、一日当たり四十三万二千回、往復するように回転させて、いまでも正確に時を刻みます。

 「ETA キャリバー 1201」には十五石のものと十七石のものがありますが、本品は十七石です。「十七」という石数は中途半端に感じられるかもしれませんが、機械式時計の基本構造はどのキャリバー(機種)でも概(おおむ)ね共通していて、摩耗を防ぐべき大切な部分が十五か所あります。この十五か所すべてにルビーを使うと、十七石になります。





 上の写真は当店に在庫している部品取り用ムーヴメント「ETA キャリバー 1201」です。受けの形状や石数にわずかな違いがありますが、すべてのムーヴメントに "1201" の刻印があります。

 一般にアンティーク時計は「現状売り」で、壊れた場合に修理が困難です。なぜならば、アンティーク時計を作った時計会社は多くの場合存続しておらず、修理に必要な部品が手に入らないからです。本品の場合、ゾディアック社と ETA社はどちらも現在まで存続していますが、時計会社は何十年も前の部品を持っていません。したがってたとえ時計会社が存続していても、時計会社が存続していない場合と同様に、古い時計の部品は手に入りません。

 しかしながらアンティークアナスタシア店主にはアンティーク時計に関する十分な専門知識があり、部品も豊富に揃っているため、他店で不可能な修理やメンテナンスに対応できます。デリケートなイメージのアンティーク時計ですが、日常使用は十分に可能です。時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々気軽にご愛用いただけます。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。





 アンティーク時計を初めて購入される方のために、よくある疑問をこちらにまとめました。どうぞご覧ください。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 168,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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