ブランパン製コンヴァーティブル・ウォッチ 《ホールマーク》 腕時計になる女性用アンティーク懐中時計 1900 - 1910年頃

"Hallmark" by E. Blancpain et Fils, cal. 40, 15 jewels 3 adjustments, 1900's



 十九世紀は懐中時計の時代でした。初期の懐中時計はムーヴメントが大きく分厚かったのですが、技術の進歩によって小型で薄いムーヴメントが製作されるようになり、およそ百年前には時計を手首に快適に装着できるようになりました。





 男性は大きな時計、女性は小さな時計を使っていましたから、小さな時計を手首に装着しはじめたのは、女性たちでした。このようにして、およそ百年前に、まず女性が腕時計を身に着け始めました。上の写真はいずれも二十世紀初頭に撮影されたもので、二人の女性は、小さな懐中時計にバンドを取り付けたものを、「腕時計」として装着しています。





 懐中時計から腕時計への移行期に見られた「腕時計型懐中時計」(あるいは「懐中時計型腕時計」)を、「トランジショナル・ウォッチ」と呼んでいます。「トランジショナル・ウォッチ」(transitional watch) とは、英語で「移行期のウォッチ」という意味です。上の写真の女性が装着している時計は 1910年頃のトランジショナル・ウォッチで、本品にたいへん良く似ています。





 本品はスイスの老舗時計会社ブランパンが、およそ百年前に制作した最初期の腕時計、「トランジショナル・ウォッチ」です。突出部分を除く時計の直径は 24ミリメートル、ベゼル部分で測定した厚さは 7ミリメートル、クリスタル(アクリル製風防)を含む時計全体の厚さは 9ミリメートルです。

 百年前の時計は現代の時計のような「クォーツ式」ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された二十世紀初頭は、クォーツ式腕時計が存在しないのはもちろんのこと、本格的腕時計そのものもまだ存在していませんでした。

 秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。日本語で「チクタク」と表現しているのは、クォーツ式時計の音ではなく、本品のような機械式時計の音です。





 ぜんまいを巻いたり、時刻を合わせたりするためのツマミを、「竜頭」(りゅうず)といいます。1920年代以降、現代に至るまで、腕時計の竜頭は三時の位置に付いています。これに対して「腕時計型懐中時計」、あるいは「懐中時計型腕時計」である本品は、懐中時計と同様に、十二時の位置に竜頭が付いています。竜頭そのものの形も、1920年代以降の時計の竜頭は薄い円柱形ですが、本品には懐中時計と同じ半球形の竜頭が使われています。「ボウ」(英 bow)と呼ばれる枠が竜頭を囲むように付いている点も、懐中時計と同じです。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 本品のケースは板状の金をベース・メタルに張り付けたゴールド・フィルド(金張り)で、現代の金めっき(エレクトロ・プレート)に比べると、金の厚みは数十倍に達します。金の層が厚いため、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は 10カラット・ゴールド(純度 10/24のゴールド)または 12カラット・ゴールド(純度 12/24のゴールド)で、十八金に比べて金そのものの強度が格段に強く、色の点でも淡く上品なシャンパン・ゴールドをしています。





 本品のケースは懐中時計そのものの形をしています。

 まず第一に、1920年代以降の時計はケースの裏蓋がケース本体と完全に分離しています。しかしながら本品は、上の写真のように、ケースの裏蓋が蝶番(ちょうつがい)で開くようになっています。懐中時計のケースの様式はさまざまで、「蝶番式」に並んで「こじ開け式」や「ネジ式」のものも多くありましたが、本格的な腕時計の時代になると「蝶番式」は姿を消し、裏蓋はすべて「こじ開け式」か「ネジ式」になります。本品の「蝶番式」裏蓋は、懐中時計特有の様式です。





 第二に、本品のケースでは、「ベゼル」と「ベゼル以外の部分」が分離しています。「ベゼル」(英 bezel)とは時計ケースが文字盤を取り巻く部分のことです。本品のケースは、「ベゼル以外の部分」、すなわち時計の側面の部分と裏蓋が蝶番で連結されているわけですが、ベゼルはこれらの部分(ケース側面と裏蓋)から完全に分離されています。上の写真はベゼルだけを外したところです。

 このような構造になっている理由は、ケース内部にムーヴメントを収容・固定する方法が、懐中時計式であるからです。1920年代以降になると、特に女性用時計においては、ケース本体から裏蓋を外すだけでムーヴメントを簡単に取り出せる場合がほとんどです。しかしながら本品のムーヴメントをケースから取り出すには、ムーヴメントのオシドリネジを緩めて竜真(末端に竜頭が付いた棒状部品)を引き抜き、機留めネジを半回転させたうえで、受け側(ムーヴメントの裏蓋側)から日の裏側(文字盤側)へと押し出す必要があります。ムーヴメントを文字盤側に押し出すためには、ベゼルが外れていなければなりません。ムーヴメントのこのような取り出し方も、ベゼルがケース本体から外れる構造も、懐中時計と同じです。





 実際、本品はケースからバンドを自由に外すことができ、バンドを外すと懐中時計になります。というよりも、懐中時計にバンドを取り付けて手首に装着できるように、バンドのフックを掛けるための金具を十二時側と六時側に設けたのが本品です。





 したがって本品は懐中時計と腕時計の二通りに使うことができます。このような時計は「トランジショナル・ウォッチ」のなかでも特に古いタイプのもので、「コンヴァーティブル・ウォッチ」と呼ばれます。「コンヴァーティブル」(convertible) とは英語で「両用式」という意味で、懐中時計と腕時計の両様に使うことができるゆえに、このように名付けられています。





 上の写真は、非常に美しい彫金細工を施した金色のバンドを取り付けて撮影しています。このバンドは端のフックがバネで開閉するようになっています。全体の長さもバネで伸縮します。どちらのバネも破損の無い良好な状態です。時計とバンドを合わせた本品の全長(手首周りのサイズ)は、バネが全く伸びていない状態で測ると 15.5センチメートルです。バンドの材質は 12カラット・ゴールドの金張りです。「金張り」(ゴールド・フィルド)とは、金の薄板を、高温高圧によって、ベース・メタルの表面に鑞(ろう)付けした素材です。金張り製品の金の厚さは、現代の金めっき(エレクトロ・プレート)はもちろんのこと、同時代の「ロールド・ゴールド・プレート」に比べてもずっと分厚いのですが、とりわけこのバンドの金張りは "1/10 12KGF" の刻印があり、通常の金張りの倍の厚さです。バンドのどこにも金が剥がれた箇所は無く、たいへん綺麗な状態です。淡く上品な金色が時計本体によく調和しています。


 なおアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、この彫金バンドは時計と同じ年代のものですが、この時計用に作られたわけではなく、たまたまこの時計に取り付けて写真を撮影しただけのことです。したがってサイズや好みに合わない場合は、他のバンドと交換することができます。

 手首周りにもう少し余裕が欲しい場合は、金張りのバンドを引き取り、下の写真で時計を取り付けているバンドを割引価格でお譲りいたします。このバンドは 1900年頃にフランスで制作された銀製品で、十九世紀の女性用懐中時計を腕時計として装着するためのものです。バネで伸縮するようになっており、装用時に有効な長さは、約 16.5センチメートルです。なお金張りのバンドを当店で引き取らずに、下の写真のバンドを追加でご購入いただくことももちろん可能です。








 サイズをさらに大きくしたい場合、コード・バンド、金属製バンド、革バンド、リボンのバンド等を用いて対応可能です。ただし、美しくなくなるわけでは決してありませんが、見た目の印象がかなり変わりますので、サイズが合わない場合はご来店のうえご相談いただくのが望ましいかと存じます。バンドを他のものに交換すると、商品の価格(時計代とバンド代の合計金額)が変わります。変更後の価格は高くなるとは限らず、安くなる場合もあります。お客様と相談の上、適切なバンドをご用意いたしますので、お気兼ねなくご相談ください。





 時計本体の説明に戻ります。

 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは 優雅な斜体のアラビア数字で、これは二十世紀前半までの時計に見られる特徴です。1950年代半ばから1960年代以降になると、棒状の「バー・インデックス」が圧倒的に多くなります。

 本品の文字盤は艶を消した金色で、「ホールマーク」のロゴ (HALLMARK) が黒で書かれています。艶を消した金色の文字盤は、最初期の女性用腕時計(トランジショナル・ウォッチ)にほぼ限られる特徴です。1920年代に入ると白い文字盤が圧倒的多数を占めるようになり、金色の文字盤は姿を消します。

 本品の文字盤は再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、時計が製作された当時のオリジナルです。およそ百年前の品物であるにもかかわらず、文字盤はたいへん綺麗な保存状態で、ひどい変色等はありません。





 時計のなかには青い針を持つものがあります。時計の針が鋼鉄製である場合、加熱により青い酸化被膜を作り、錆の発生を防ぎます。加熱して得られた酸化被膜のせいで青く見える鋼鉄を、「ブルー・スティール」(英 blue steel 「青い鋼(はがね)」の意)といいます。

 「ブルー・スティール」を作るには手間がかかるので、現代の時計に見られる青い針は、大抵の場合、「ブルー・スティール」を模して青く塗装しています。本品の針は真正のブルー・スティールです。写真では黒に見えますが、実物の短針は青い色をしています。長針もブルー・スティールですが、ほとんど黒く変色しています。なおこの時代の女性用時計に秒針はありません。





 1930年代に入ると、女性用腕時計のサイズは一円硬貨よりも小さくなります。しかしながら誕生したばかりの腕時計(トランジショナル・ウォッチ)はサイズが大きく、百円硬貨と同じくらいです。

 サイズが大きいといっても、これは 1930年代から 1970年代までの女性用時計に比べた場合の話で、現代の女性用時計に比べるとずっと小さなサイズです。大きな機械を作るよりも、小さな機械を作る方が難しいですから、女性のために誕生した小さな腕時計は、男性用の大きな懐中時計を凌(しの)ぐ高度な技術で制作されています。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。本品のようにぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「9」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。

 上の写真は本品のムーヴメント、ブランパン キャリバー 40 です。赤く写っているのがルビーで、5個しか入っていないように見えますが、この写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で15個のルビ-が使われています。

 本品のムーヴメントには「フィフティーン・ジュエルズ」(15 JEWELS 15石)、「ファイヴ・アジャストメンツ」(5 ADJUSTMENTS.)、「ホールマーク」(HALLMARK SWISS) の刻印があります。





 上の写真の下部には、大きな環状の部品が回転する様子が写っています。これは振り子の役割をする重要な部品で、「天符」(てんぷ)といいます。天符は機械式時計の心臓です。ブランパン「キャリバー 40」の天符は一秒間に二往復半し(振動数 f = 18000 A/h)、十分な計時性能を確保しています。

 天符のすぐ近くに「E. ブランパン・エ・フィス」(E. Blancpain & Fils) の刻印があります。これはフランス語で「(フレデリック=)エミール・ブランパン父子社」という意味です。ブランパン社創業家の一員であるフレデリック=エミール・ブランパン (Frédéric-Emile Blancpain, 1863 - 1932) の没後、二人の弟子に引き継がれた会社は、法律上の理由で「レイヴィル」(Rayville) あるいは「レイヴィル=ブランパン」(Rayville-Blancpain) に社名を変更し、1983年以降はスウォッチ・グループの一員になって、現在も高級時計ブランドとして存続しています。現行品ブランパン(女性用)の新品価格は、二百万円前後から四百万円位のものが中心です。





 当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。上の写真は本品と同じ「ブランパン キャリバー 40」の部品用ムーヴメントです。アンティーク時計はどこの店でも原則的に「現状売り」で、壊れても修理が困難ですが、アンティークアナスタシア店主にはアンティーク時計に関する十分な専門知識があり、部品も豊富に揃っているため、他店で不可能な修理に対応できます。デリケートなイメージのアンティーク時計ですが、日常使用は十分に可能です。

 時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々気軽にご愛用いただけます。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。





 この時計は当時の箱と組み合わせることもできます。箱は本品にもともと付属していたものではなく、別売り(19,500円)ですが、時計をお買い上げいただいた方には割引価格(9,500円)にてご提供いたします。上の写真は当時の箱のひとつです。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。

 なお下記の価格は、時計を上の写真に写っている彫金バンドと組み合わせた場合の、時計とバンドの合計額です。他のバンドに交換すると、価格が変わることがあります。





本体価格 210,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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