恋結びのアンティーク 《ブローバ ラ・プティット》 ダイヤモンドとミル打ちが美しい小さな時計 二十三石、シックス・アジャストメンツの高級品 1956年



 アメリカのブローバ社が 1956年に制作した女性用時計、「ラ・プティット」。「ラ・プティット」(la petite)とはフランス語で「小さなもの」「可愛らしいもの」という意味です。

 前世紀半ばの時計は男性用、女性用とも現在のものに比べて格段に小さいですが、女性用時計「ラ・プティット」のシリーズは特に小さく華奢に作られています。下の写真は本品を実際に一円硬貨と並べて撮影したもので、合成写真ではありません。時計の十二時側と六時側に張り出したラグ(バンドを取り付けるための突起)を除けば、時計の本体は一円硬貨よりもずっと小さなサイズであることがおわかりただけます。





 本品のラグは装飾的形状で、十二時側、六時側とも二本のリボンを交差させています。二本のリボンや紐を交差させる結び方を「ラヴァーズ・ノット」(英 a lover's knot)、すなわち「恋結び」といいます。本品が掲載された当時の広告を見ると、本品のラグは「恋結び」の意匠であることがわかります。

 「恋結び」のリボンは、ミル打ちに縁取られています。「ミル打ち」とは微小な点を連続させて線を描く彫金技法ですが、制作するのに非常な手間がかかるので、現代の時計に使われることはありません。ミル打ちの美は、高級なアンティーク時計やアンティーク・ファイン・ジュエリーならではの特徴です。

 「恋結び」のリボンには、十二時側と六時側に二つずつ、本物のメレ・ダイヤモンドが嵌め込まれています。現代のダイヤモンドはブリリアント・カットですが、この当時のダイヤモンドは現在では見られなくなったシングル・カットです。ダイヤモンドは四石ともプロング・セット(爪留め)されています。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。本品の文字盤は艶消しの明るい銀色で、この時計が製作された当時のオリジナルです。文字盤にはアンティーク品らしい淡い色づきが認められますが、十分に良好な状態です。

 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。インデックスの様式には年代ごとの流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字です。1950年代の時計では、アラビア数字と線状または点状のインデックスが混用されます。1960年代の時計はすべてがバー・インデックスです。本品は 1956年代の時計なので、十二時、三時、六時、九時は銀色で丸みのあるインデックス、他の部分は黒色アラビア数字のインデックスとなっています。銀色のインデックスは小さな部品を文字盤上に植字した「立体インデックス」です。





 柳の葉のような針は「リーフ型」といって、ドレス・ウォッチに使用される最も優雅な様式です。短針の長さはニミリメートル、長針の長さは三ミリメートルです。

 本品の針は深い青色をしています。これを「ブルー・スティール」(英 blue steel 「青い鋼(はがね)」の意)といいます。錆の発生を防ぐために鋼鉄を加熱して青い酸化被膜を作ったのが、ブルー・スティールです。ブルー・スティールは貴金属ではありませんが、製作に手間がかかるので、現代の時計に見られる青い針は、大抵の場合、ブルー・スティールを模して青く塗装しています。本品の針は短針、長針とも真正のブルー・スティールです。





 時計の三時側に突出するツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。本品の竜頭は「ブローバ」の文字が刻まれていて、摩耗の無い良い状態です。

 現代の時計は電池で動きますが、アンティーク時計は電池が不要で、ぜんまいによって動きます。アンティーク時計のぜんまいは、竜頭を回して巻き上げます。





 上の写真は本品の裏蓋側を撮影しています。

 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 上の写真に見える「十カラット・ロールド・ゴールド・プレート」(10 KARAT ROLLED GOLD PLATE)とは板状の金をベース・メタルに張り付けた素材で、現代の金めっき(エレクトロ・プレート)に比べると、金の厚みは十数倍に達します。金の層が厚いため、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は十カラット・ゴールド(純度 10/24のゴールド 十金)で、十八カラット・ゴールド(純度 18/24のゴールド 十八金)に比べて金そのものの強度も格段に強く、時計ケースの素材として優れています。

 「十カラット・ロールド・ゴールド・プレート」(10 KARAT ROLLED GOLD PLATE)の下には、ブローバの社名と、1956年を表すデイト・コード(L6)が刻印されています。裏蓋の下端にはケースのシリアル番号が刻印されています。本品のケースは良い状態で、金の磨滅、裏蓋の歪み等、特筆すべき問題は何もありません。





 上の写真は本品のムーヴメント(機械)を一円硬貨の上に載せて撮影しています。上質のアンティーク時計用ムーヴメントは見た目にもたいへん美しいものですが、この美しさは見せるためにうわべを飾ったのではなく、上質の物に自(おの)ずから備わる美、つまり機能美です。





 電池ではなくぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいますが、良質の機械式時計のムーヴメント(時計内部の機械)には、重要な部品の摩耗を防ぐためにルビーが使われています。上の写真で赤く見えているのが、ルビーです。ルビーはコランダムという鉱物で、モース硬度「九」と非常に硬い宝石ですので、摩耗を防ぐのに最適なのです。

 ルビーを使うのが望ましい箇所は十五箇所あって、そのすべてにルビーを入れると「十七石」(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントは「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」(英 high jewel movement)と呼ばれる高級品です。





 十七石のムーヴメントには「セヴンティーン・ジュエルズ」(17 SEVENTEEN JEWELS 十七石)の表示がありますが、本品には「トウェンティ=スリー・ジュエルズ シックス・アジャストメンツ」(23 JEWELS 6 ADJ.)と刻印されています。ルビーは十七個で必要十分とされますが、本品はさらに六個を追加して二十三石のムーヴメントとし、万全を期しています。

 本品の機械「ブローバ キャリバー 5AD」は三番車、四番車、ガンギ車に受け石を追加し、二番車と香箱車にもルビーが使用しています。高級機では四番車とガンギ車の受け石、二番車の穴石が使われる場合がありますが、香箱にルビーを使うことはまずありません。「ブローバ キャリバー 5AD」の二十三石という石数は、実用上意味のある上限の個数であり、本品は手巻き式ムーヴメントの最高級品です。

 「シックス・アジャストメンツ」(6 ADJUSTMENTS)というのは、専門的な事柄を一言でいえば、天符(てんぷ 後述)が特に精密に作り込まれているという意味です。「シックス・アジャストメンツ」という手間のかかった作りは、現代のスイス時計でいえば、ヴァシュロン・コンスタンタンやジャガー・ルクルトのようなメーカーの製品に相当します。1950年代までのアメリカ製時計は、スイス製時計の品質を凌(しの)いでいました。本品のムーヴメント「ブローバ キャリバー 5AD」はブローバ社がアメリカの自社工場で制作した機械で、"U. S. A."(アメリカ合衆国)の文字が誇らしげに刻印されています。





 上の写真では、幾つかの突起を有する金色の輪が、ムーヴメントの左端に写っています。これは「天符」(てんぷ)という部品で、振子の役割をします。いまは撮影のために止めていますが、時計が動いているとき、「ブローバ キャリバー 5AD」の天符は一時間に九千回、往復するように回転します。天符の突起は、ひとつひとつが「チラネジ」という小さなネジです。チラネジは天符が均等に振れるように重さを調整するための部品で、大きな頭の部分の径は 0.4ミリメートルほどしかありません。

 現代ではコンピュータ制御の産業ロボットを使って微細な加工ができますが、1956年当時はすべての精密加工が人の手によるものでした。千分の一ミリメートルの精度で百個近くの部品を作り、これを組み立ててひとつの時計が完成します。





 上の写真は 1960年代のブローバ社の広告で、「ブローバの時計を一つ作るのに九か月かかる」(It takes nine months to make a Bulova watch.)と書かれています。実際には安価な時計であれば給与二か月分程度で売られていたので、この広告の意味は、もしもひとりの職人が時計全体を作ったとすれば九か月かかるということでしょう。現代の独立時計師は実際に数か月の時間をかけてひとつの時計を作りますから、数百万円から一千万円以上の価格になっています。

 1956年の女性用時計である本品は一円硬貨よりも小さなサイズですから、男性用時計よりもさらに高度な技術で制作されています。1956年当時、ハイ・ジュエルの宝飾時計である本品の価格は、初任給の三か月分以上に相当しました。現在の貨幣価値に換算すれば、60万円位でしょうか。良質の時計はたいへん高価であったわけですが、しかしながらこれは「ブランド代」ではなくて、「一生もの」と呼べるだけの内実、実質的価値を伴っていました。ムーヴメントにルビー製部品を多用するのも、優れた耐久性と長寿命を確保するためです。





 上の写真はブローバ社が「サタデイ・イヴニング・ポスト」誌に出した 1959年の広告で、本品が掲載されています。広告の本品には、ケースと同色の金属製バンドが取り付けられています。





 上の写真は「ラ・プティット」シリーズの時計を特集したブローバ社の広告で、やはり 1959年のものです。本品は掲載されていませんが、目を引く豪華な広告は、「ラ・プティット」が女性用時計の花形であったことを物語っています。





 上の写真も 1959年の広告で、本品が大きく取り上げられています。商品説明には「時計の両側に、ダイヤモンド四個が恋結びの曲線を描きます。二十三石、ラ・プティット」(4 DIAMONDS curve into lover's knots on either side of this 23-jewel watch. La Petite,)と書かれています。

 ブローバ社の時計広告は、いつもこのように豪華であったわけではありません。有名雑誌の一ページを買い取って、全米規模でカラー刷りの広告を打つには、たいへんな費用が掛かります。それゆえアメリカ最大の時計会社であるブローバ社といえども、ほとんどの広告はモノクロですし、通常の時計の場合は二分の一ページ、四分の一ページの広告が多く使われました。しかるにブローバ社は「ラ・プティット」のために、魅力的な女性モデルを大写しにしたフルカラーの全ページ広告を打っています。本品をはじめとする「ラ・プティット」が、同社の総力を結集した自信作であったことが分かります。





 上の写真はやはり 1959年の広告です。

 筆者(広川)は長年に亙って女性用アンティーク時計を扱っており、アンティーク時計の広告も数多く見てきています。アメリカ・インディアン、日本人、中国人 黒人などの有色人種は、アンティーク時計(ヴィンテージ時計)の広告に決して姿を見せません。モデルは必ず白人です。筆者が目にしたなかで唯一の例外が 1959年にブローバ社が打ったこの広告で、美しい黒人女性がモデルに採用されています。そしてこの広告にも本品が掲載されています。

 アンティーク時計(ヴィンテージ時計)の時代、有色人種が時計広告のモデルになるのは、ほとんどあり得ないことでした。上の広告で取り上げられた五種類の女性用時計は、ブローバ社が自信を持って世に出した女性用時計、あらゆる人種のあらゆる女性に使ってほしい時計であったのでしょう。





 上の写真で本品の手前に写っているのは当店が保有する「ブローバ キャリバー 5AD」用部品の一部で、「キャリバー 5AD」の同型ムーヴメント、及び互換性のあるムーヴメントです。アンティーク時計はどこの店でも原則的に「現状売り」で、壊れても修理が困難ですが、アンティークアナスタシアでは他店で不可能な修理に対応しています。詳しくはこちらをご覧ください。

 バンド交換、バンドの種類の変更も可能です。私はコード・バンドが高級感があって好きなので、写真撮影にもこのタイプのバンドを取り付けましたが、お好みにより金属製バンドに変更することもできます。バンド交換は無料で承ります。

 本品の風防はガラス製で、ところどころに小さな瑕(きず)がありますが、まだまだ十分に使える状態ですので、交換しませんでした。瑕が増えて見にくくなれば、当店で風防交換が可能です。ご安心ください。

 クォーツ式(電池式)時計は放っておいてもずっと動いているので、竜頭(りゅうず)を操作する機会がほとんどありませんが、手巻き式時計は毎日ぜんまいを巻きあげる必要がありますから、長年使用し続けると竜頭が摩耗します。また竜真(りゅうしん 竜頭に続く芯棒)や主ぜんまいも金属疲労を起こして破断します。当店は部品のストックが豊富ですので、アンティーク時計の竜頭交換、竜真交換、ぜんまい交換も行っています。飾り石付きの竜頭に交換することもできます。





 この時計は当時の箱と組み合わせることもできます。上の写真は一例です。箱は別売りですが、時計をお買い上げいただいた方には割引価格にてご提供いたします。

 本品は文字盤の面積が小さくデザインされており、同時代の女性用時計に比べてもいっそう華奢で愛らしく、手首を可愛く飾ってくれます。時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。衝撃や浸水が無いのに生じた自然故障に関しては、一年間の保証期間(無料修理期間)を付けますし、保証期間が切れた後も期限を切らずに修理に対応しますので、長年にわたり、日々安心してご愛用いただけます。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





158,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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