ガラリト、ガラリス、エリノイド
Galalithe, Galalith, Erinoid




(上) フランスのゆりかご用メダイ。打ち出し細工の金属製メダイを、ガラリス製台座に嵌め込んであります。当店の商品


 ガラリスは20世紀前半に作られていたカゼイン樹脂、すなわちカゼインから作られる樹脂(プラスチック)の一種で、牛乳を原料としています。英語の「ガラリス」(Galalith)、フランス語の「ガラリト」(la Galalithe)、ドイツ語の「ガラリート」(das Galalithe) は、ギリシア語で「乳」を表す「ガラ」(γάλα, γάλακτος/γάλακος, τό)と、「岩石」を表す「リトス」(λίθος, ου, ὁ)からの造語です。(註1)

 ドイツ語では「クンストホルン」(das Kunsthorn 「人工の角(つの)」の意)または「ミルヒシュタイン」(der Milchstein 「乳の石」の意)、英語では「エリノイド」(Erinoid) とも呼ばれます。(註2)


【カゼイン樹脂の発明】

 牛乳に酸を加えて沈澱させたカゼインをホルムアルデヒド水溶液に浸漬すると、沈殿物は非水溶性となり、カゼイン樹脂として固定されます。これは 1893/94年頃にフランスの化学・薬学者オーギュスト・トリラ (Auguste Trillat, 1861 - 1944) が見出した方法で、これによって有用なカゼイン樹脂が生まれました。しかしながらオーギュスト・トリラのカゼイン樹脂は、当時のフランスでは注目されませんでした。(註3)

 いっぽうドイツでは、学校用の石板の代替品となる丈夫で軽量な樹脂板の開発が試みられ(註4)、ハノーヴァーの実業家ヴィルヘルム・クリシェ (Wilhelm Krische) とオーストリアの化学者アドルフ・シュピッテラー (Adolf Spitteler, 1846 - 1940) が共同でカゼイン樹脂を開発し、1899年に特許が認められました。このカゼイン樹脂はガラリス(ガラリート、ガラリト)と名付けられ、ドイツにおいてはフェアアイニクテン・グミヴァーレンファブリーケン、フランスにおいてはフランス・ガラリト社により生産が開始されました。(註5)


【象牙、角、宝石、大理石等の代替品としてのガラリス】

 カゼイン沈殿物をホルムアルデヒドで固定する前に色素や各種土類などを加えることで、さまざまな色彩や質感のガラリスを作ることができます。(註6) また沈澱したカゼインに鉱物性顔料を加えて軽く攪拌することにより、大理石様の模造石を得ることもできます。

 ガラリスは美しい模造石としてビジュ・ド・ファンテジー(コスチューム・ジュエリー)に使用されたのをはじめ、櫛、ブラシの背、ナイフの柄、ステッキや傘の柄、ピルケース、チェスの駒、ドミノ牌、ピアノの鍵盤、家具の装飾用部品等、さまざまな製品の材料になりました。フランスにおいてガラリスはジュラ地方のボタン製造業に革新をもたらしました。

 ココ・シャネル、ヤーコプ・ベンゲル (Jakob Bengel)、オーギュスト・ボナズ (Auguste Bonaz) 等のデザイナーによるガラリス製ビジュ・ド・ファンテジーは、アール・デコ期に大流行しました。フランスではゆりかご用メダイの台座にガラリト(ガラリス)が多用されています。


【ガラリスとセルロイドの判別】

 セルロイドはガラリスと同時代に多用されたプラスチックで、熱可塑性がある点がガラリスと異なりますが、製品の風合いは非常に似通っています。比重もガラリスは 1.32から 1.35、セルロイドは 1.34から 1.4付近と重なっており、重みで区別することができません。

 モース硬度はガラリスが 2.5、セルロイドが 1.5ですので、セレナイトでこすれば両者は判別可能です。破壊検査が可能であれば、セルロイドはナイフで容易に削れるのに対し、ガラリスは削るのが難しく貝殻状断口を生じます。研磨するとガラリスはセルロイドよりも強い光沢が出ます。シート状に成形されている場合、セルロイドを曲げてもなかなか折れず、力を緩めると元に戻ります。これに対してガラリスは柔軟性に劣ります。セルロイドはまったく透明なものを作れますが、ガラリスの透明度はセルロイドに劣ります。ガラリスを煮沸すると角を煮沸した場合のように水を吸収します。ガラリスを常温の水に漬けて六日間放置すると、乾燥重量の30パーセントの水を吸収して膨張軟化します。セルロイドを常温の水に漬けて六日間放置した場合、吸収する水の量は乾燥重量の1パーセントにすぎません。セルロイドは強燃性で危険ですが、ガラリスは不燃あるいは難燃性である点が優れており、電器部品に使用可能です。セルロイドに点火すると強い樟脳(しょうのう カンフル)臭を発して激しく燃えるのに対し、ガラリスを火にかざすとカゼインが焦げる不快な臭いがします。



註1 古典ギリシア語「ガラ」(γάλα, γάλακτος/γάλακος, τό) は中性名詞で、近代語のガラクトース(galactose 乳糖)、ギャラクシー(galaxy 乳の河、銀河)等に入っています。

 古典ギリシア語「リトス」(λίθος, ου, ὁ) は男性名詞で、近代語の「リチウム」(lithium リトスの形容詞形リテオス λίθεος の中性単数主・対格 リテオン λίθεον をラテン語式綴りにしたもの)、「リトグラフ」(lithograph 石版画)等の語源です。

 ドイツ語は大抵の鉱物名や物質名を中性名詞とするので、ガラリートが中性名詞であるのは自然です。フランス語のガラリトが女性名詞である正確な理由は私にはわかりませんが、おそらく女性名詞「ピエール」(pierre 石、岩)に合わせたのでしょう。ギリシア語「リトス」は上述のように男性名詞ですが、フランス語「ピエール」と、その語源であるギリシア語「ペトラ」(πέτρα, ἡ) はともに女性名詞です。

 なおギリシア語 γάλα は、ラテン語 LAC, LACTIS n. と同根です。

註2 「エリノイド」の語源について筆者ははっきりと知りませんが、おそらくギリシア語で「羊毛」を表す「エリオン」(ἔριον, ου, τό)、あるいはその形容詞「エリネオス」(ἐρίνεος, α, ον) に、接尾辞「オイド」を付けた造語で、「羊毛に似た物」という意味でしょう。カゼインとケラチンは蛋白質の系統が異なりますが、カゼイン樹脂を「クンストホルン」と言えるのであれば、これと同様に、広い意味で「羊毛に似ている」と言うことも可能です。

註3 1893年、オーギュスト・トリラはホルムアルデヒドとフェノールから新しい樹脂(フェノール樹脂)を合成しました。レオ・ベークランド (Leo Henricus Arthur Baekeland, 1863 - 1944) はこれを発展させて工業化に成功し、ベークライトが生まれました。

註4 当時は紙が高価であったので、どこの国の学校でも子供が書き取りや計算を練習するのにはスレート(粘板岩)の薄板と蝋石(ろうせき)が使われていました。

註5 フェアアイニクテン・グミヴァーレンファブリーケン (Vereinigten Gummiwarenfabriken) はハルブルク(Harburg ハンブルク南西部)に本社があるゴムと合成樹脂のメーカーで、現在のフェニックス社 (Phoenix AG) の前身です。

 フェアアイニクテン・グミヴァーレンファブリーケンはハルブルクとヴィンパシンク(Wimpassing im Schwarzatale オーストリア、ニーダーエスターライヒ州)の工場でガラリートを生産しました。またフランス・ガラリト社 (la Compagnie Française de Galalithe) はパリ近郊ルヴァロワ=ペレ (Levallois-Perret) の工場でガラリトを生産しました。

 この二社は 1904年に合併し、国際ガラリート社 (die Internationale Galalith Gesellschaft Hoff und Co, Harburg) となり、乾燥したカゼインを原料とする製法が開発されて、アール・デコ期に隆盛を見ました。

註6 ジェットの模造石の製法を例に挙げます。ジェット(jet 黒玉)は漆黒の化石木で、モーニング・ジュエリー(mourning jewellery 服喪用ジュエリー)をはじめ、ヴィクトリア時代のセンティメンタル・ジュエリーに多用されました。ジェットの模造石となるガラリスの製法は、牛乳に2パーセントの煤(すす)と酢酸鉛を加え、沈澱したカゼインを取り出します。これを水中で破砕洗浄した後に成型し、布の上でゆっくりと乾燥させます。表面にクラック(割れ目)が生じるのを防ぐため、乾燥には数カ月を要します。乾燥して得られた暗灰色の塊をホルムアルデヒドに浸漬した後、ふたたび乾燥し、研磨すると、艶やかな漆黒のガラリス製品となります。



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