美麗・極稀少品 ゴデュフ作 「光にあこがれるプシューケー」 パート=シュル=パートによるリモージュのアンティーク・ブローチ 47.5 x 37.3 mm


枠を含む全体のサイズ  縦 47.5 x 横 37.3 mm

フランス  19世紀末から 20世紀初頭



 いまからおよそ百年前にフランスで制作された繊細なブローチ。磁器の部分は一見したところジャスパーウェアにも似ていますが、白色磁器の層が非常に薄く、ジャスパーウェアのように別作の部品を貼り付けたのではないことが分かります。これは高級磁器に施される「パート=シュル=パート」と呼ばれる高度な技法で、あまりにも手間がかかるゆえに、現在では制作されなくなっています。





 「パート=シュル=パート」(pâte-sur-pâte) とはフランス語で「生地重ね」という意味で、陶土の重ね塗りによって、浅浮き彫りのような三次元の像を制作する技法です。有色の素地の上に、水で溶いた陶土を筆で塗って乾かす作業を多数回に亙って繰り返し、最後に刃物で細部を仕上げます。これを焼成すると、上塗りした陶土層の薄い部分が透き通り、非常に美しい作品となります。

 パート=シュル=パートは筆で塗った陶土の層が薄いために、下地の色が透けて見え、仕上がりの透明感はジャスパーウェアに比べて格段に優れています。また型で作った部品を素地に貼り付けて量産されるジャスパーウェアと違い、パート=シュル=パートはすべて一点ものであり、その制作には非常な労力が費やされています。





 本品のパート=シュル=パートは、ギリシア風の女性上半身像を描きます。キトーン (χιτών) をまとった女性の胸のあたりで、鷲あるいは鷹が翼を広げ、まさに飛び立とうとしています。

 ワシ、タカ、ハヤブサなど、タカ目の鳥は、たいへん高いところを飛ぶことができます。1973年11月29日、アビジャン(コートジボワール)の高度 37,000フィート(11,300メートル)上空で、飛行中のマダラハゲワシ (Gyps rueppellii) がジェットエンジンに吸い込まれる事故があり、確認された鳥の高度記録として知られています。このパート=シュル=パート作品においても、磁器部分の最下部、鷲あるいは鷹の下に雲が描かれており、この種の鳥の高空を飛ぶ能力が強調されています。


 天高く翔ける鷲、あるいは鷹は、古来太陽の象徴です。下の図はエジプト第19王朝ラムセス2世の妃ネフェルタリの墓室壁画で、鷹の頭部を持つホルスが太陽を戴いています。





 鷲あるいは鷹は、太陽との親和性ゆえに、光に向かって高みへと昇ってゆく鳥とされ、特に頭巾を被った鷹は、光にあこがれる魂を象徴します。下の図は「聡明なるラ・マンチャの郷士キホテ氏(ドン・キホーテ)」(Cervantes, "El ingenioso hidalgo Don Quixote de la Mancha", 1605) の初版本の扉で、中央に頭巾を被った鷹が描かれ、その周囲にラテン語で次の言葉が書かれています。

  POST TENEBRAS SPERO LUCEM.  われ、闇の後(のち)に光を望む。





 「ポスト・テネブラース・スペーロー・ルーケム」(POST TENEBRAS SPERO LUCEM) の出典は「ヨブ記」 17章 12節で、「ポスト・テネブラース・ルークス」(POST TENEBRAS LUX) という形でもよく引用されます。


 「ヨハネによる福音書」 1章 1節から 5節には次のように書かれています。

     1Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος. 2οὗτος ἦν ἐν ἀρχῇ πρὸς τὸν θεόν. 3πάντα δι' αὐτοῦ ἐγένετο, καὶ χωρὶς αὐτοῦ ἐγένετο οὐδὲ ἕν. ὃ γέγονεν 4ἐν αὐτῷ ζωὴ ἦν, καὶ ἡ ζωὴ ἦν τὸ φῶς τῶν ἀνθρώπων: 5καὶ τὸ φῶς ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει, καὶ ἡ σκοτία αὐτὸ οὐ κατέλαβεν.    初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。(新共同訳)


 「ヨハネによる福音書」の第一章には光と闇に関する記述、及び天に関する記述があるため、福音記者ヨハネはテトラモルフの「鷲」に擬せられます。下の画像はラファエロによる油彩板絵「聖セシリアの脱魂」で、ボローニャの国立絵画館に収蔵されています。中央に立つ聖セシリアは携帯用オルガンを持っています。その右(向かって左)にいる若者が福音記者ヨハネで、足下に鷲を従えています。


(下) Raffaelo Sanzio, "L'Estasi di santa Cecilia" c. 1514, olio su tavola, 236 x 149 cm, la Pinacoteca Nazionale, Bologna








 シンボルの歴史を紐解くと、このパート=シュル=パート作品において、女性に抱かれた鷲あるいは鷹が羽ばたこうとしているのは、高みを目指し、光を求めるためであることがお分かりいただけます。鷲(鷹)を抱く人物が女性である理由は、ギリシア語「プシューケー」(ψυχή 魂、精神)、ラテン語「アニマ」(ANIMA 魂)、ラテン語「メーンス」(MENS 精神)が、いずれも女性名詞であるからです。すなわち翼を広げる鷲、あるいは鷹と重ね、一体となるように描かれたこの女性像は、「光にあこがれる魂」、「高みを目指す精神」を形象化したものに他なりません。





 磁器の裏面には「ゴデュフ」(Gauduffe) という作者名、及び「リモージュ」(Limoges) の文字が手彫りされています。ブローチの針に錆は無く、良い状態です。針先は可動式の円筒形キャップでカバーされ、着用時の脱落防止と安全性の点でも安心できます。





 パート=シュル=パートによる作品はいずれも非常に稀少ですが、すべてが優れた出来栄えとは限らず、陶土で描かれた像の輪郭付近に滲みがあったり、筆の跡が目立ったりする作例も見受けられます。数少ないパート=シュル=パート作品のなかでも、本品は際立って丁寧に作られています。保存状態はたいへん良好で、特筆すべき瑕疵はありません。ブローチとしての実用性にも問題はありません。





本体価格 75,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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