稀少品 コルビエール修道士作 《アンナとヨアキム 十二の星に囲まれた少女マリア》 勝利の月桂樹のメダイユ 直径 50.8 mm


直径 50.8 mm   最大の厚さ 4.6 mm   重量 54.2 g

フランス  1900 - 1920年代



 ブロンズを使って鋳造されたメダイユ。父ヨアキム、母アンナとともに、少女マリアを浮き彫りにしています。群像を取り囲むように、「聖アンナ、いとも聖なるマリア、聖ヨアキム」(Sainte Anne, Très Sainte Marie, Saint Joachim)の文字がフランス語で記されています。

 聖ヨアキムの左肩より少し下がったところに、グラヴール(仏 graveur メダイユ彫刻家)のモノグラムが見えます。これはセの大文字(C)の中にア(A)とジ(J)を入れ、左右を反転した組み合わせ文字で、二十世紀初め頃のフランスで活躍したメダイユ彫刻家、ア・ジ・コルビエール師(l'Abbé A. -J. Corbierre)のモノグラムです。コルビエール師はおそらく修道士で、キリスト教関係者の横顔のメダイを多数制作しています。





 キリスト教の聖人をテーマにして二十世紀のフランスで制作された美術メダイユは、人物が正面、あるいは斜め前を向いた作例がほとんどです。しかしながらコルビエール師の作品は全て横顔を彫っています。本品もそのような作例のひとつで、浮き彫りにされた三人の横顔は斜め上方を見上げています。


 そもそもメダイユ芸術はルネサンス期にピザネッロが始め、それがフランスに伝わったものですが、イタリア本国よりもむしろ十九世紀のフランスにおいて、非常に高い芸術性に到達しました。フランスにおけるメダイユに独自の芸術性を獲得させたのは、ダヴィッド・ダンジェ (Pierre-Jean David d'Angers, 1788 - 1856) です。ダヴィッドはローマ賞をともに受賞した作曲家フェルディナン・エロルド (Louis-Joseph-Ferdinand Hérold, 1791 - 1833) の肖像メダイユを 1815年に制作し、これを第一作として、その後四十年間に亙って肖像メダイユの秀作を産み出しました。

 ダヴィッド・ダンジェは横顔を好んで作品にしましたが、自身の作風について次のような趣旨の言葉を語っています。「正面から捉えた顔はわれわれを見据えるが、これに対して横顔は他の物事との関わりのうちにある。正面から捉えた顔にはいくつもの性格が表われるゆえ、これを分析するのは難しい。しかしながら横顔には統一性がある。」

 ここでダヴィッド・ダンジェが言っているのは、人物の顔を正面から捉えた場合、そのときどきの感情に支配された表情が、ありのままの人柄を観察・描写する妨げになるのに対し、横顔には常に変わらないモデルの人柄が、ありのままの形で現れる、ということでしょう。その時限りの感情ではなく、人物の生来の人柄と、それまで歩んできた人生によって形成された人柄を、ありのままに作品に表現するのであれば、横顔を捉えるのが最も適しているというダヴィッド・ダンジェの指摘には、なるほどと頷(うなず)かせる説得力があります。

 ア・ジェ・コルビエール師は筆者(広川)の知る限り全てのメダイユにおいて、キリストや聖母、聖人たちを横顔で表現しています。これはコルビエール師がダヴィッド・ダンジェと同様の考えに基づいて作品を制作したことを示します。

 マリアは受胎を告知された際、救いを受け容れ、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(「ルカによる福音書」1章38節)と答えたことによって、人間に救い主をもたらしました。天使が突然家の中に入って来るという異常な出来事にもかかわらず、マリアが動じなかったのは、アブラハムに勝るその信仰の故です。マリアは恐怖にすくんで言いなりになったのでもなく、長続きしない熱狂的信仰を以て天使に返答したのでもなく、信仰深く歩んできた年月によって形成されたありのままの人柄を以て、神を信じて救いを受け容れたのです。

 この作品に彫られた三人のうち、その表情が最も明るく信頼に満ちているのは、マリアです。マリアは子供が親に向けるのとまったく同じ信頼のまなざしを、不可視の神に向けています。マリアの口許には微笑みが浮かんでいます。





 少女マリアは女王の装いで、「十二の星の冠」を被っています。「十二の星の冠」は「:ヨハネの黙示録」十二章一節に出てきます。「:ヨハネの黙示録」十二章一節から八節を、新共同訳によって引用します。

     また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。
     また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。
     女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。
     さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。


 「ヨハネの黙示録」十二章において、女が産む痛みと苦しみのために叫ぶ様子、女が生んだ男の子と竜が敵対する様子は、「創世記」三章において神が蛇に言われた言葉(「お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く」三章十五節)、及び神が女(エヴァ)に言われた言葉(「神は女に向かって言われた。「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む」三章十六節)を思い起こさせます。

 エヴァはヘブライ語で「生命」という意味ですが、原罪を犯したことにより、エヴァは却って人間に死をもたらしました。しかるにマリアは救い主を生むことにより、人間に生命をもたらしました。それゆえにマリアは「新しきエヴァ」と呼ばれます。「アヴェ、マリス・ステッラ」(AVE, MARIS STELLA ラテン語で「めでたし、海の星よ」の意)では次のように唱えられます。

    SUMENS ILLUD AVE
GABRIELIS ORE
FUNDA NOS IN PACE
MUTANS EVAE NOMEN
  かの言葉「アヴェ」
ガブリエルの口から与えられし御身よ、
エヴァという名をアヴェに変え、
平和のうちに我らを憩わせたまえ。


(下・参考画像) フレデリック・ヴェルノン作 「エヴァ」 当店の商品です。




 また、上記「:ヨハネの黙示録」十二章において女が子を生む描写は、「イザヤ書」七章十四節を思い起こさせます。「イザヤ書」七章十四節を、七十人訳と新共同訳により引用します。

     διὰ τοῦτο δώσει Κύριος αὐτὸς ὑμῖν σημεῖον· ἰδοὺ ἡ παρθένος ἐν γαστρὶ ἕξει, καὶ τέξεται υἱόν, καὶ καλέσεις τὸ ὄνομα αὐτοῦ ᾿Εμμανουήλ·    それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。


 マタイは「イザヤ書」のこの箇所を、七十人訳によって引用しています。「マタイによる福音書」一章二十二節から二十三節を、ネストレ=アーラント二十六版及び新共同訳により引用します。

     22Τοῦτο δὲ ὅλον γέγονεν ἵνα πληρωθῇ τὸ ῥηθὲν ὑπὸ κυρίου διὰ τοῦ προφήτου λέγοντος,
   このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
      23Ἰδοὺ ἡ παρθένος ἐν γαστρὶ ἕξει καὶ τέξεται υἱόν, καὶ καλέσουσιν τὸ ὄνομα αὐτοῦ Ἐμμανουήλ, ὅ ἐστιν μεθερμηνευόμενον Μεθ' ἡμῶν ὁ θεός.    「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。




(上) Francesco Botticini, The Adoration of the Child, 1482, tempera on wood, diameter 123 cm, Pitti Palace Gallery, Firenze


 本品に浮き彫りにされたマリアは、「薔薇の冠」(ロザリオ)も被っています。薔薇は棘だらけの繁みから花芽を伸ばし、無傷の美しい花を咲かせるゆえに、無原罪の御宿りを象徴します。





 メダイユの裏面には月桂樹が浮き彫りにされています。月桂樹は古代ギリシア以来勝利と栄光の象徴であり、この作品においてはマリアが「創世記」三章の「蛇」による支配を受けない「無原罪の御宿り」であること、救い主を生んで人間に生命をもたらした「新しきエヴァ」であることを表しています。




(上) Bruder Furthmeyr, Mary and Eve under the Tree of the Fall, 1481, book illustration, Bavarian State Library, Munich

 マリアを栄光に満ちた女王として描いた参考画像として、1481年の写本挿絵を上に示します。向かって右の女はエヴァで、エヴァから木の実をもらう人々は死神に囚われています。左はマリアで、マリアから聖体をもらう人々は永遠の生を受けています。





 キリスト教をテーマとした絵や彫刻は、目で見る聖書や聖人伝という有意義な役割を担いつつも、ときに芸術性が分かりやすさの犠牲となり、「ボンデュズリ」(bondieuserie 神様趣味)と揶揄されるような、芸術的深みに欠ける作風に陥りがちです。しかるに本品は劇的な場面も描かず、小道具も描かず、人物の内面を露わにする横顔と、神に向けて静かに注がれる三人の視線のみにより、不可視の信仰を視覚化しています。メダイや小聖画、祈祷書の挿絵などに時折見られるキッチュ(kitsch 俗悪)な作品と比べれば、本品が真に芸術の名に値する水準に到達していることがおわかりいただけるでしょう。

 中世以来のヨーロッパでは、学問や芸術を発させ継承させる場として、修道院が大きな役割を担いました。フランスも非常に多くの修道院があって、クリュニー、ル・トロネ、サン=ヴィクトル、ヴェズレーモン=サン=ミシェルなどは世界的に知られています。ロラン・タイヤード(Laurent Tailhade, 1854 -





48,000円 販売終了 SOLD

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