ロバート・ハスキスン作 「そこにタイタニアが眠っている」 妖精と幻想の舞台 フレデリック・オーガスタス・ヒースによる細密エンレーヴィング 1848/72年

There sleeps Titania


原画の作者 ロバート・ハスキスン (Robert Huskisson, 1820 - 1861)

版の作者 フレデリック・オーガスタス・ヒース (Frederick Augustus Heath, 1810 - 1878)


かまぼこ型のエングレーヴィング画面のサイズ 最大の幅 200 mm 最大の高さ 165 mm

簡易な線描による劇場風の枠を含むサイズ 幅 265 mm 高さ 225 mm



 イギリスのエングレーヴァー、フレデリック・オーガスタス・ヒースが、1848年に発表したインタリオ、「ゼア・スリープス・タイタニア」(英 "There sleeps Titania" 「そこにタイタニアが眠っている」)。版画の原画となっているのは、シェイクスピアの喜劇「ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」(A Midsummer Night's Dream 夏至の夜の夢)に取材して、イギリスの画家ロバート・ハスキスンが描いた作品です。

 「ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」第二幕第一場、パックと仙女が出会う場面のあとすぐに、妖精の王オーベロンと女王タイタニアが舞台に登場し、言い争いを始めます。タイタニアが立ち去るとオーベロンはパックを呼び寄せて、タイタニアを懲らしめるため、また人間の若者デメトリアスとヘレナを相思相愛にするために、「浮気草」を取ってくるように命じます。

 眠っている間に浮気草(love-in-idleness)の汁をまぶたに塗られたタイタニアは、素人演劇「ピラマスとシスビー」の練習をするために森に来ていた間抜けな職人ボトムに熱烈な恋をし、またパックがデメトリアスに塗るべき汁を間違えて別の若者に塗ったために二組の若者カップルの間柄が混乱しますが、最後はすべてうまくおさまって、ハッピー・エンドになります。




(上) Robert Huskisson, "There sleeps Titania", 1847, Oil on panel, 289 x 343 mm, Tate Britain


 ミッドサマー・ナイトとはミッドサマー・デイ(夏至、聖ヨハネの日)の前夜を指します。「聖ヨハネの日」としてキリスト教化される以前、夏至は地母神の祭日であって、植物の妖精たちが一年で最も活発に活動し、薬草の効き目も最も強くなる日でした。

 ミッドサマー・ナイトが結婚すなわち子孫繁栄に結び付けられるのは、夏至がナ―トゥーラ(羅 NATURA 生み出す力)の祭日であるからです。夏至の前夜、娘達は花輪で身を飾り、またその花輪を川や湖に浮かべて結婚の運勢を占い、未婚の男女が聖ヨハネのかがり火の周りに集まって夜が明けるまで踊りました。聖ヨハネの日の朝露は病気を治す魔法の力を持っているとされていました。


《妖精たちの王と王妃の名前について》

 「ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」に登場する妖精たちの王は、オーベロン(Oberon)という名前です。英語名オーベロンは、フランス語のオーベロン(仏 Aubéron)がそのままの語形で、あるいは "Obéron" となって移入されたものですが、フランス語オーベロンはドイツ語エルフェリッヒ(独 Elferich 妖精の王)に由来すると考えられています。ドイツ語の男性名に付く "...rich" は「王」を意味するケルト語起源の後綴で、ライヒ(独 das Reich 王の主権、主権が及ぶ範囲としての国)と同根です。それゆえエルフェリッヒは文字通り「エルフたち(独 Elfen 妖精たち)の王」という意味です。ニーベルンゲン伝説(独 die Nibelungensage)において宝を守る小人の王はアルベリッヒ(Alberich)という名前ですが、この名はエルフェリッヒと同語源、同義です。

 オーベロンは中世以来、妖精の王の名です。ドイツのクリストフ・マルティン・ヴィーラント(Christoph Martin Wieland, 1733 - 1813)は 1780年に長編叙事詩「オーベロン」(„Oberon“)を上梓しました。ウェーバー(Carl Maria von Weber, 1786 - 1826)はこの作品に基づいてオペラ「オーベロン」("Oberon, or The Elf King's Oath")を作曲し、1826年4月12日、コヴェントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスで初演されました。

 いっぽうタイタニア(Titania)をオーベロンの妃の名に使ったのは、シェイクスピアの独創です。オウィディウスの「メタモルフォーセース」第三巻 131行から 250行ではアクタイオンの物語が語られますが、この中の第 173行において、ディアナはティタニア(タイタニア)と呼ばれています(羅 Dumque ibi perluitur solita Titania lympha,... Ovidius, "Metamorphoses", III, 173)。アクタイオンに覗き見されたとき、ディアナは大勢のニンフたちとともに裸で水浴びをしていました。「ミッドサマー・ナイツ・ドリーム」において、妖精の王妃は大勢の仙女たちに囲まれているので、シェイクスピアは彼女をディアナになぞらえて、タイタニアすなわちティタニアと名付けたのです。


《原画の作者及び版の作者について》

 本品の原画を描いたロバート・ハスキスン(Robert Huskisson, 1820 - 1861)は、妖精の絵を得意としたイギリスの画家です。本品の原画「ゼア・スリープス・タイタニア」(英 "There sleeps Titania" 「そこにタイタニアが眠っている」)は 1847年の王立アカデミー夏期展覧会に出品され、絶賛を浴びた作品で、それまで無名であったハスキスンを有名画家の地位に押し上げました。しかしながらハスキスンは四十歳か四十一歳で亡くなったため、残された作品数はごくわずかです。

 インタリオの版を制作したフレデリック・オーガスタス・ヒース(Frederick Augustus Heath, 1810 - 1878)は、人物画と歴史画を得意とするエングレーヴァーです。「ゼア・スリープス・タイタニア」は、ヒースが美術誌「ジ・アート・ユニオン」("The Art Union" 「ジ・アート・ジャーナル」の前身)のために制作したエングレーヴィングで、原画発表の翌 1848年に同誌上で発表されました。本品「ゼア・スリープス・タイタニア」は、1872年のインペリアル版「シェイクスピア作品集」("The Works of Shapespere (sic.)", Imperial Edition, 1872)にも使用されています。

 なおフレデリック・オーガスタス・ヒースは「ザ・ペニー・ブラック」(the Penny Black 世界最初の郵便切手)を制作したエングレーヴァーでもあります。


《この版画について》




 劇場内部で客席と舞台上を分けるアーチを、英語でプロウシーニアム・アーチ(英 a procenium arch)といいます。プロウシーニアムの語源はギリシア語プロスケーニオン(希 προσκήνιον)で、これはスケーネー(σκηνή 見世物用の天幕、舞台)の手前(πρό-)にある物、という意味です。ギリシア語プロスケーニオンをラテン文字に転写してラテン語風に発音すると、プロスケーニウム(羅 PROSCENIUM)またはプロスカエニウム(羅 PROSCAENIUM)となります。これを英語読みするとプロウシーニアムになります。

 原画の作者ロバート・ハスキスンは、プロウシーニアム・アーチを模(かたど)った大理石風のだまし絵で作品を囲み、劇場の客席から舞台を見るような効果を出しています。プロウシーニアム・アーチのだまし絵はエングレーヴィングにも彫られていますが、フレデリック・オーガスタス・ヒースはこのエングレーヴィングの版をおよそ一年で仕上げる必要があったので、だまし絵部分は簡易な輪郭線のみで描かれています。





 上の写真で上方中央に立っている男性が妖精の王オーベロンです。王の左(向かって右)にはプット(伊 putto 有翼の童子)のような姿で現されたパック(ロビン・グッドフェロー)がいます。パックはオーベロンに命じられた通り、浮気草(love-in-idleness)を取ってきて、両手に持っています。オ―ベロンは瞼に浮気草の汁を垂らすために、眠るタイタニアに近づこうとしています。





 絵の前景にいる妖精たちは全員が目を覚ましていて、蜘蛛(くも)や蝸牛(かたつむり)と戦いながら大騒ぎをしています。





 これに対して絵の中景では、オーベロンとパックを除き、妖精たちは皆眠っています。タイタニアの真上あたりでは、草の葉の先に夜露の滴が下がっていますが、きっとこの滴も眠っていて、タイタニアたちの上に落ちることはないのでしょう。


 アンティーク・エングレーヴィングの細密さは、原寸大の写真によって再現することができません。コンピューターのモニターで表示するために、版画の全体像を把握しやすいサイズまで画素数を落とすと、細部はすべて失われます。細部がどのように彫られているかを示すためには、版画の数か所を選んで接写し、顕微鏡写真のような拡大写真で示すしかありませんが、拡大写真は現物のサイズとかけ離れています。これに加えて、現物のアンティーク・エングレーヴィングは、拡大写真でも判別が困難な細密さを有しており、それらの細部は版画作品の全体を肉眼で見たときの驚くべき写実性に貢献しています。

 私がここに書いていることを理解するには、現物をご覧いただくしかありません。アンティーク・エングレーヴィングの現物は写真で見るよりもはるかに美しく、購入された方には必ずご満足いただけます。





 版画は未額装のシートとしてお買い上げいただくことも可能ですが、当店では無酸のマットと無酸の挿間紙を使用し、美術館水準の保存額装を提供しています。上の写真は額装例で、外寸 40 x 31センチメートルの木製額に、青色ヴェルヴェットを張った無酸マットを使用しています。この額装の価格は 24,800円です。

 額の色やデザインを変更したり、マットを替えたりすることも可能です。無酸マットに張るヴェルヴェットは赤や緑、ベージュ等に変更できますし、ヴェルヴェットを張らずに白や各色の無酸カラー・マットを使うこともできます。


 版画を初めて購入される方のために、版画が有する価値を解説いたしました。このリンクをクリックしてお読みください。




本体価格 62,800円  額装をご希望の場合、別料金にて承ります。

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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